英語が好きで、学生時代から英語を得意としていた著者が、現代的なツールを用いて30を前にしてTOEICで900点を超えた体験を綴った本である。
方法論に関しては、ほぼ賛同できる。受験勉強で文法力と速読力を培い、簡単な英作文をベースに発信力を培い、読み、聴き、書き、会話の4肢でネイティブを活用していくというのは、まさに王道だ。読み聴きにおいてオーディオブックを、作文のおいてLang-8という添削サイトを、会話においてlanguage exchangeを紹介しているところが、本としては新しいのではないだろうか。英語ができるようになった人の多くは、だいたい、同じようなことをやっているものだ。この本の副題にあるように、これらの手段にアクセスするコストが大きく減少した今日、これらを使わない手はないし、危機感を持ってこれらを使えば、日本でも十分に英語を身に付けることができるようになったのも、間違いない。したがって、これらに馴染みのない人は、その部分だけでも読んで知っておくとよいだろう。
このようなところが本としては新鮮味がある一方、英語の勉強法はネット上では出尽くしている感がある。そのうえ、上記サービスの利用以外のコアの部分を『上達マップ』を読んで実践することとして話を進めているので、本の存在意義がどれだけあるのかと言えば、疑問である。
この本は、「Twitter上で書籍の原稿をほとんどすべて書き上げた日本初の」本と、誇らしげに書かれている。その真偽はわからないが、その悪弊がモロに出てしまっている。なによりまずいのは、本として完結していない点だ。上の『上達マップ』だけでなく、ネット記事への参照の促しが非常に多い。ブログ本に顕著だと思うのだが、ネット配信しているものを本として買う動機に、コンパクトにまとまっていて、出先などでも読みやすいことがある。この本は、まとまってはいるのかもしれないが、これだけ抜け落ちているものが多すぎると、結局ネットで読まざるを得なくなり二度手間を強いられることになる。
ネット本としてもう一つ気になるのが、著者のプロフィールがわかりにくいことだ。そのうえ、端的に言うと、全然魅力的でないのだ。名前からしてよくわからないのだが、キャリアの突出具合もよくわからない。逆に、高校時代から、「受験英語」だけをやっていた割に、TOEICへの対応力はあったようだ。ネットであれば、知り合いやクチコミによる情報をバックグラウンドにして無料で読むものなので支障はないのだろうが、従来、本はそうではない。この点での配慮が全くないので、安心して読めないのだ。実際のところ、ここに書かれているようなことは、英語が全然できなくたって、書くことだけならできるのだ。たとえば元googleの村上さんにしろ、著者が尊敬していることが伺える勝間さんにしろ、強烈な存在感があって、それを敢えて前面に打ち出すようにして指南書を書いている。あのようにして成立するスタイルのものを、おそらく意識的に無名化して書くメリットが全くわからない。選りすぐられたわけではない経験談は、似たような経験があればいいが、英語がこれからできるようになりたい人には面倒なだけだし、さらに悪いことに、英語だけでなくビジネス論まで大いに語ってしまうにいたっては、悲劇的でさえある。
以下、概ね賛同できる方法論について、気になったところを記す。
オーディオブックを100回聴くということ。「読書百篇・・・」とは言うが、現代の単行本は、それを実践するには長大すぎる。オーディオを100回聞くには、だいたい1000時間がかかり、通勤時間を利用するにしても、他の英語学習と強烈なトレードオフを強いられることになる(逆に、皮肉にも金銭的コストなど意識する必要は全くなくなる)。ここで紹介しているツールとどのように両立してきたのかを示してもらいたかった。ちなみに、多読を実践していればわかることだが、ボキャブラリに関しては、(ジャンル、文体を周到に選んで)数冊読んだところで全く足りない。
また、著者の考えでは、英語力の欠如は受験勉強の不足に尽きている。それはそれで正しいとは私も考える。しかし、彼らに対して、自分がやった本を紹介するだけというのは極めて不親切である。10代で自分がやったことと20代で彼らがやるべきこと、自分がやってできたことと、それを他人がやってできることが果たして同じなのだろうか(私も受験生時代に著者が紹介しているいずれの本もやっていたし、おそらく受験英語力では負けていなかったと思うが、TOEICでは当初随分と苦しめられた)。私自身、個人的には、さほど変わらないとは思うが、重要なのはその答えではなく、検討したかどうかである。端的に言ってしまえば、他者意識が足りないのだ。それが全体を通じての感想でもあり、図らずも本とネットの違いを考えさせられてしまった(本としては新しくても、それを「本」と言えるのかねえ、というちょっと嫌な感じ)。
現在のような情報環境で20歳を過ぎて英語ができない人には、学生以上にさまざまな理由(言い訳?)がある。そんな彼らに訴えかける内容とは決して思えなかった。