刑務所に入っているのはすべて受刑者。全員が人権を制限され、最低限の生活を保障された平等な社会。同じ境遇のムショ仲間たちがいて、刑務官も自分を無視はできない。行動の自由も冷暖房も全くない刑務所生活はあまりに過酷なのに、「戻りたい」と罪を犯し、戻ってしまう。飯や居場所だけではない。娑婆には自分を顧みる人が誰もいないし、行き場もない。高齢化する刑務所には、そんな身寄りのない受刑者が集まっている。受刑者の中で出来が良いものは「経理夫」という、炊事、洗濯、清掃など刑務所の維持作業に従事し、刑務所内の優等生として毎日風呂に入れるなどの小さな特権を享受するのだが、そんな「刑務所エリート」は刑務所内で自己実現を図り、依存してしまう。更生、ひいては犯罪抑止で一番大切なことは、厳罰化でも監視社会でもなく、立ち直らせたいという人と出会い、それを通して、社会での役割、居場所を確立することだという。著者は、地域での生活支援、支援者との関係作りが更生に最も重要であることを指摘する。
2章立ての1章目、割れ窓理論や新兵訓練式処遇について実効性を否定する話、「少年、凶悪犯罪の増加」という神話を明確に否定する冒頭部も面白かったが、心に残ったのはやはり第2章の後半部だった。日本は特にその傾向が強いが、判決ですべてが終わったような感じがあるが、犯罪者の人生はその後も営々と続く(死刑でなければ)。「罪を憎んで人を憎まず」、使い古されたフレーズだが、刑期を終えた元犯罪者を社会が受け入れる度量がないと、犯罪社会化が加速する。厳罰化で死刑や超長期刑で社会から隔離すれば、個人は排除できるが、根本的な解決にはならない、と痛感した。