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5つ星のうち 5.0
見所が多い1984年のグランプリ・シーン,
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レビュー対象商品: 1984 GRAND PRIX 総集編 [DVD] (DVD)
ロードレーシング世界グランプリの歴史の中で1984年は、Eddie Lawsonが初の世界チャンピオンを獲得した年と云うより、Freddie Spencerが連続チャンピオンを獲り損なった年、との感が強くもたれている。二年連続チャンピオンシップ獲得が確実視されていた若きスターライダー・Freddie Spencerはアクシデントや不調のため周囲の期待に応える事が出来ず、チャンピオンシップは毎レース確実にポイントを挙げ続けたグランプリ挑戦二年目のEddie Lawsonに明け渡すことになったからだ。 ・・・ しかし、だからと言ってこの年のグランプリ・シーンがつまらなかったモノかというとそんな事は全然なくて実に見所が多く、当時のトップ・ライダー達とマシンによるレース映像はロードレースファンにとっては可也見応えがある。 Eddie Lawsonが初のチャンピオンシップを獲得した1984年のRoad Racing GP500 ダイジェストである本DVDのオープニングは彼とYZR500の高速ドリフト・コーナリングのカットだ。 ホンの一瞬の映像ではあるが、コース上にブラックマークを描きカウンターを当てながらコーナーを立ち上がるその流麗なライディングに思わず“おっ”と小声が漏れてしまった。 83年同様、始動性の好いホンダのマシンにスタートで先行され、いきなり大きくビハインド。同じヤマハ勢の援護無く孤軍奮闘でマモラ、ハスラム、ロシュ、ルキネリ等の包囲網を振り切った頃にはFreddieは遥か先をブッチギリ状態、結局逃げ切られてしまうという展開が何度か見られる。(DVDの元ネタビデオの原題“Lone Champion”のとおりだ。) NS軍団を抜き去りFreddieを追走中のEddieは、リアが流れようがお構い無しに開けていて“キレた”状態で走っている様子が映像から見て取れる。一通り見終わると“Steady Eddie(確実なエディ)”の響きから当時のメディアが伝えていた『一発の速さは無いが無難なレース運びで確実にフィニッシュする。(=見ていて面白くない)』的なイメージは正しくないことに気付く。 Steadyとは限界領域で走り続けてもミスをしない確実性ということなのだ。 一方、Freddie Spencerにおいてもその走りは一見して(Eddieを除く)他のライダーとは明らかに一線を画すものであり、周囲の評価・期待が間違ったものでは無い事はこのDVDの映像から分かる。 実際、Freddieは84年全12戦中、5勝を挙げた最多勝ライダーだった。 見所はこの年新たに登場した新開発のV型4気筒エンジンを搭載した新型マシン・NSR500の圧倒的な直線スピードで、ストレートを弾丸の様に突っ走ってブッチギリ勝利を得た高速サーキットのミサノ、ポールリカールの映像からはこのV4マシンは相当にパワフルなモノであることが伺える。 しかし、Freddieはこのマシンの操縦性の問題や、セッティングの難しさから高速コース以外ではパワーは控え目だが軽量コンパクトな昨年の愛機NS500をチョイス。 特にシーズン後半、このNS500で出走したレースでは、これを自在に操って連勝を挙げ完調であれば’83同様“Fast Freddie (速いフレディ)”の異名通りの速さを見せる。 このような初期型NSR500(歴代NSRの中で最も異色&カッコいい!) や3気筒NS500でのFreddie快走の映像は、現在市販中の映像ソフトではこの恐らく84年のDVDでしか見ることが出来ないと思う。 チャンピオンを獲得した83年のDVDに収録されている2戦のレース映像には全力バトルのシーンが余り無い為だ。特にチャンピオンを決めた最終戦サンマリノは駆け引き重視の展開だった為、走りを楽しむという面ではイマイチ。 82年のGP500チャンピオン、Franco Unchiniは83年のアッセンでのアクシデントによる瀕死の重傷から復帰を果たすが苦しいシーズンを送ることになった。 彼の駆る'84 RGΓは個人的にGP500マシンとしてその造形は最も美しい・・・と勝手に思っている。 しかし、軽量・ハイパワーが売りだったこのマシンは軽量化を突き詰めすぎて逆に大きくバランスを崩し、84年は優勝争いに加わる戦闘力を失っていた。 チーム・ガリーナは85年もスズキからマシン貸与を受けレースを継続するが、スズキ自体はワークス活動を84年一杯で休止したため、このDVDに収められているのは最後のUnchini+ワークスRGΓの映像となる。 ・・・ 気になる点と言えばシーズン・ダイジェスト版でありながら全戦カバーされていない事か。 特にEddie GP初優勝の南アGPが収録されていないのは残念だが、しかしモータースポーツDVDが普通に市販される現在と違い、殆ど残っていない当時の映像資料と思えば逆に貴重だ。 当時はSpencer派が圧倒的多数だったため84シーズンはイマイチの印象しか残っていない様だが、上記の様に見逃すことが出来ない多くの映像が詰まっており、自分にとっては80年代前半のDVDの中では最もお気に入りの一枚となっている。
5つ星のうち 5.0
ステディエディの結実した一年,
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レビュー対象商品: 1984 GRAND PRIX 総集編 [DVD] (DVD)
前年の83年をもって「キング」ケニーロバーツが引退したため、この年のエディーローソンは、ヤマハワークスでの総合チャンピオンを目指すトップライダーとなりました。しかし、この84年時点でのエディーの実力では、まだまだ天才フレディには及びません。一方、フレディは前年の3気筒NSから、よりパワーのある4気筒NSRにマシンが変わったのですが、開発が未熟なためマシントラブルに悩まされていました。他にもホイールやタイヤなどのトラブルも多発していました。特にこの84年型4気筒NSRは、ガソリンタンクとマフラーの位置が、上下逆という革新的なレイアウトがされていたため、ガソリンが減った時のマシン挙動に大きな問題がありました。これ以後この形式のGPマシンは製作されていません。しかし、トラブルの無い時のフレディは無敵です。レースに出れば勝ちます。トラブル続きの84年型NSRが間に合わず、何度も3気筒NSに乗り換えます。非力な3気筒NSでも悠々勝ちます。そんなフレディを、エディーは一年のトータルポイントで勝とうと、チャンピオンを取るために一戦一戦冷静に勝負していきます。「ステディエディ」のニックネームはここからきました。このシーズンの毎レースでは1ポイントでも多く獲得するために、丁寧に丁寧にライディングしています。走りの職人芸です。エディーのスムーズなライディングスタイルはとても美しい。当時、神の領域で走っている、異次元の走りといわれた、全盛期のフレディスペンサーと互角に戦えたのは、後にも先にもケニーロバーツとエディーローソンだけです。後に圧倒的な実力でGP界の頂点に君臨する、エディーローソンの若き映像がここにはあります。最後に、トラブルや問題が多く一年で設計が消えた84年型4気筒NSR500ですが、ホンダらしいその革新的なレイアウトと斬新なスタイリングから、歴代NSR500のなかでも今もファンが多いマシンです。
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