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40 人中、37人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
決して過去の小説ではない,
By jam4 "dreamOnsen" (神奈川県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8) (文庫)
この書が書かれてから時は経ち、今は21世紀ですが、当時のオーウェルは、スペイン内乱やその後のナチス台頭と終戦、そしてソビエト連邦による社会主義共和国圏の樹立などを鑑みて、社会主義体制が実際に運用された際に、その内側に生じる全体主義的で非人間的な側面に強い嫌悪と危機感を持ったのだと思います。本書はそういった危惧を、物語に託して語った名著です。物語は、4月のある晴れた寒い日の13時頃始まります。何でもない普通の始まり方で、特に何の感想も抱かず読み進めてゆくと、そのうちに「これはちょっとおかしい」と言うことに気が付くでしょう。全編を貫くどんよりした閉塞感は、全体主義国家に漂う雰囲気そのままであろうもので、なかなかの空気感を持っています。 特に印象的なのは、作中に何度も登場する党の3つのスローガンです。 WAR IS PEACE(戦争は平和である) 一見、何を言いたいのかサッパリ分かりませんが、物語の後半に明らかにされるこのスローガンの真の意味を知ったとき、国家の狡さと言うものは、時や国をも超えて共通するものであると思い知らされます。例えば現在の日本においても、部分的には上記スローガンのどれかが当てはまる状況(現場)は存在しているわけです。 その意味からも、単に社会主義を批判したものではなくて、体制(国家や企業)と個人の最悪の関係性を描いた反ユートピア作品として、現在の高度情報化管理社会にも通じる問題意識を持っており、決して過去の小説ではありません。
16 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「2足す2は4である」と堂々と言える社会であり続けるために,
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レビュー対象商品: 1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8) (文庫)
ジョージ・オーウェルが冷戦さなかの1949年に書いた'近未来'である1984年の超大国オセアニアの管理社会を描いたディストピア小説の傑作である.本書で描かれる管理社会は当時のスターリン体制のソ連を模しているといわれており,結局そのようた体制は一部の小国を除いて失敗に終わったが,本書はそれでもなお重要である.特に9.11以降の'自由な社会'に生きる我々は,オセアニアの管理社会で重要な「新語法(ニュースピーク)」と「二重思考(ダブルシンク)」について考える必要がある.ここではダブルシンクについてのみ紹介したい. 二重思考とは,1人の人間が矛盾した2つの信念を同時に持ち受け入れることができるという、国民に要求される思考能力のことだが,現実認識を自己規制により操作された状態のことである.この二重思考は,現在の'自由な社会'でも多く見て取ることができる. 例えば,ブッシュの戦争が典型であろう.あれが自由のための,圧制者を打倒し民主政権を樹立するための戦争であると信じている人間はいない.しかしながら,開戦当時の米国民の大半は,ブッシュ政権を「正しい」と考えていた.現実の認識を愛国心とヒロイズムによって,規制したいたとしか思えない.本書の舞台オセアニアの党のスローガンのひとつは 「戦争は平和(WAR IS PEACE)」というダブルシンクである.まさに,現在の世界を予見してような言葉ではないだろうか.また,この状態は対テロ戦争を支援していた日本にも関わりがある.自衛隊を海外に出すと決定した政治家は,はたしてどのように思考していたのか?(そもそも自衛隊と憲法九条,そして解釈改憲こそがダブルシンクであるとも思えるが)これが本当の'自由な社会'と言えるであろうか? 「2足す2は5である」(Two plus two makes five) これは本書においてダブルシンクと「自由」をもっとも印象的に表すフレーズである.主人公のスミスは,党が精神,個人の経験や客観的事実まで支配するということに対して,「党が2足す2は5だと発表すれば、自分もそれを信じざるを得なくなるのだろう」とつぶやく.そして,ノートに「自由とは、2足す2は4だと言える自由だ。それが認められるなら、他のこともすべて認められる」と記す.これほど自由について端的に表現した言葉はあるだろうか? しかし,物語のエンディングで拷問を受けた彼は,最終的には「2足す2は5である、もしくは3にも、同時に4と5にもなりうる」ということを信じ込むことができるようになるのだ… 少なくとも我々は,現在,「2足す2は4である」と堂々と言えることを喜ぶべきなのかもしれない.そして,どのようにすれば,少なくとも1984年のような管理社会に陥らないようになるのか考え,そのため不断の努力が求められていることを忘れるべきではないだろう. なお,本書は1998年に20世紀の英文小説ベスト100に,2002年にノーベル研究所発表の史上最高の文学100に選出されるなど、思想・文学・音楽など様々な分野に今なおな影響を与え続けているとされている.ただし,日本語では原文の新語法(ニュースピーク)で書かれる空虚な会話の空恐ろしさを感じることができないのが,残念である.
41 人中、35人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
古典的ディストピア,
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レビュー対象商品: 1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8) (文庫)
新語法(ニュースピーク)、二重思考(ダブルシンク)といった造語、「自由は屈従である」等のスローガン、スパイ団、テレスクリーン等の監視装置、、、。本書の刊行された1940年代以降、西側諸国においてディスとピアとしての共産主義≒全体主義社会像を決定付けた記念碑的作品である。本書の提示するイメージあまりに鮮烈過ぎたためか、オーウェル自身の意図とは離れ、逆に世間のディストピア観を矮小化するに至ったとさえ感じることがある。「1984年的でない社会」=「自由な社会」という短絡に対する警鐘は「マトリックス」の登場を待たねばならなかった。自ら考えることを放棄させる術は、本書の描くように絶え間ない監視と強制によるものではなく、むしろ穏やかで高等な環境操作によるべきであろうことは21世紀の今日では簡単に想像がつく。 とはいえ、20世紀の下半期、西側社会のバイブルであり続けた重要小説であることには間違いない。
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