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130 人中、88人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
今どう役立てるかが問われる,
By ヤッシー (東京都世田谷区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景 (単行本)
オーソドックスな研究書です。
筆者が一番読んで欲しいのは、戦後史に関心がある人よりも、 社会運動や雑誌創刊を盛り上げたい人たちなのではないかと思われます。 (ニート、フリーター、派遣切りなどについての) 本書では、全共闘などの運動を感傷的な英雄物語ではなく、冷徹に、 日本で初めて「現代的不幸」(アイデンティティの危機)に直面した世代・階層による 反抗(自分探し)として描かれます。 そして東大全共闘という特殊なものがその後を規定してしまった不幸(おそらく)に対し、 様々な可能性がありえたことが提示されます。 手法は今まで通りで、一般に公開されている資料によって、 いま思い描かれている「あの時代」のイメージを壊す1冊です。 (こういう研究手法はこの15年ほどで増えたもので、 かつての歴史研究しか知らない人には違和感があるかもしれませんが、 今では普通で、いろいろな人がいろいろなテーマで本を出しています) ただ、すぐに買うのはファン、アンチ、関係者でしょうね。 ファンは歴史を鷲掴みにする魅力からほぼ肯定、 アンチはいつものように、全体の構造には目を向けず瑣末な点を挙げて全否定、 関係者は「私個人の見た(聞いた)話と違う」と否定するものと思われます。 評価が気になる方はこれを念頭に置いてください。 それはともかく、極めて厚いですが、文章が難解なわけではありません。 関心をもたれた方は序章とどこか1章だけでも目を通すことをお勧めします。 最後に、減点1は ・対象ゆえか前著よりダイナミズムに欠け、コップの中の嵐に見える ・そのためもあり、全体で1000ページでも良かったのでは ・もう1〜2年早く出ていれば という勝手な思いからです。
107 人中、67人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
序章をまず読むべき,
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レビュー対象商品: 1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景 (単行本)
本書における著者の研究・執筆の手法は、すでに「民主と愛国」や「日本人の境界」で実験済みのものであり、新しいアプローチが採用されているわけではない。本書で面白いのは、「序章」である。みずからの執筆のアプローチについて丁寧に説明してあることは前著と変わりがないが、おそらく山本義隆氏をはじめとする関係者が多数存命していることに鑑み、「批判するなら全部を読んでからにして欲しい」と執拗に書いてある。小熊氏は自分の呈示する結論がこの時代の運動の当事者からはとても受け入れがたいものであることをあらかじめ察知して、予防線を張っているのである。
本文については、以下の二点が目新しいと言えるだろう。まずひとつは、小熊氏は日本での1968年の闘争は、世界的な学生蜂起やフランス新思潮とは切り離して捉えるべきだと主張している点。この観点から、彼らが諸外国より受けた影響や、彼らの運動に対する国際的な反響についてはほとんど触れられていない。もうひとつは、学生運動の代表であると考えられてきた東大紛争について、例外的なものだと断じている点である。特に後者については、東大出身である小熊氏のある意味冷たい視線が感じられて、興味深く読めた。 ちょっといただけないのは、挟んである新曜社のパンフレットに "ichi kyuu roku hachi" と書いてあることである。興ざめしたので一点減点した(笑)。いずれにしても、筆者のようにこの運動について包括的な書物を一冊読んでみたいと思っている人間にとっては、期待を裏切られることはないと思われる。ただし、運動に対する全面的な賛美の論調ではないために、当然評判はわるいであろう。アベレージの評価が星いくつになるのかわからないが、現時点であまりに低過ぎると思われたので、下巻を読む前だが評価を投じておいた。
81 人中、46人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
酷評する人は自分で書いて,
By cabbage (京都府) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景 (単行本)
リアルタイムで1968年という時代を体験していない世代の私たちにとってはとても貴重な記録です。同時代を生きた人は、そしておそらくそうした人たちこそが、酷評しているのでしょう。しかしそういう人たちに言いたいのは、「じゃあどうしてこれまであんた書いてこなかったんだ」という、ただその一言です。
全共闘世代が「大人」になってしまって「あの頃は若かった」と口をぬぐって、過去の時代について、あたかもそんな時代など存在しなかったような口ぶりで平然としているからこそ、小熊は本書を書かなければならなかった。それに文句をつけるならあんたが書きなよ。あんたたちが口をぬぐってきたせいで、後の世代の者がどれだけ迷惑してるのか、それすら気付かないというのか。ただそのやりきれない想いだけが消化されないままに残っています。 私の理解の範囲では、全共闘というのは誰かお偉い研究者がでっかい本を書いて、それで皆の意見が代弁される、そういうものではなかったはずだと思うんです。このままだと本書が「正史」になりますよ。あの時代を生きたそれぞれの人がそれぞれの小さな歴史を抱えているはずで、それを口々に語っていくこと。それこそが総体としての歴史を紡いでいくことになるんじゃないですか。
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