日本国憲法における人権条項作成を担当し、特に女性の権利の明記に貢献したベアテ・シロタ・ゴードンの自伝。世界的に著名なロシア系ユダヤ人音楽家レオ・シロタの娘としてウィーンに生まれ育ち、欧州各地をコンサートツアーで巡るコスモポリタンな雰囲気の中でベアテは育った。その後一家は日本に招かれ、ベアテはアメリカに単身留学し、レオ・シロタ夫妻は軍国日本の抑圧を経験する。
まだ22歳の女性がGHQ民政局のメンバーとして新憲法草案作成作業に加わった。彼女の回想を通してホイットニーやケーディスらニューディーラーたちから構成される民政局の雰囲気が生き生きと伝わってくる。ベアテは日本語に通暁しているがゆえに戦時より米国にてOWI等で勤務する。そのような経験を買われ、戦後のGHQにも加わることとなったのである。だが、それでもやはり22歳の若さ。各分野のエキスパートが揃う民政局にあってはやはり知識と経験も限られている。そんなプレッシャーの中、彼女の感じた動揺とそれ以上の期待や使命感、そして時に味わう挫折感が伝わってくる。
その後、彼女はニューヨークでのジャパン・ソサエティなどのコーディネーターを務め、今でいう「民間外交」のような役割を果たすこととなる。芸術は国境を超える。世界の様々なアーティストを招くことで平和の架け橋となろうとした彼女の熱意が本書にはほとばしる。一方でそのような仕事への情熱の陰で、彼女は女性が仕事と家庭や子育てとを両立させることの困難を痛感もする。これからの女性の課題として女性が安心して働くことのできる環境の整備を提言する。女性の権利こそが平和の条件だとする彼女の信念はいまなお読者の心に訴えるものがある。