1961年のロンドン郊外の町トゥイッケナムという設定。16歳のジェニーがフランスにあこがれているのが印象深い。ジェニーが好きで、レコードを聴く「パリの空の下」の歌手ジュリエット・グレコは、「実存主義」のメッカ、「サン・ジェルマン=デ=プレの女王」と呼ばれていた。ヨーロッパでも、ちょっと生意気な若者は、フランスかぶれだったようですね。
本篇の原案はわずか数ページのコラムだったそうですが、原題は、「ある教育」となっているように、全体は、勉強が出来て、ちょっと生意気でかわいいジェニーが、35歳の男と知り合い、「大人」の世界を知り、ぞくぞくするような喜びとショッキングな失望とを味わいながら、ちょっぴり大人になるお話。ほろ苦い――というより、あとで痺れが来るくらい苦い話だ。17歳の少女にはかなりきつい出来事である。
でも、決してあり得ない出来事ではありません。むしろ本質的には普遍的な話であり、舞台や時代背景が変わってもおかしくない。本作のれているのは、その甘みや苦さをうまく醸成する舞台と語り口を巧みに選択していること。
軽妙、洒脱な語り口も、いかにもイギリス映画らしい、テンポとユーモアに満ちた会話が随所で繰り返されますが、これが物語終盤の苦々しい顛末をいっそう印象づける効果を上げると共に、快い彩りを添えてもいます。
俳優陣の好演も、この苦くも軽妙な味わいを助けている。16歳から17歳の微妙な年齢を、決して過剰に子供びた雰囲気にせず、程よい知性と心持ち背伸びしている心情を巧みに演じきったキャリー・マリガンは22歳だそうですが、アカデミー賞主演女優賞にノミネートは勲章となるでしょう。
ちょいワルイギリス紳士を、アメリカ出身にも拘わらず完璧に表現したピーター・サースガード、娘想いだがケチで妻や娘に鬱陶しがられる父親を飄然と体現したアルフレッド・モリーナも素晴らしかったけれど、何よりもジェニーの在籍する学校の先生(オリヴィア・ウィリアムズ)や校長(エマ・トンプソン)の地味な演技も印象的。
ジェニーにとってあまりに魅力的な、華やかできらびやかで危険な匂いのする大人の世界の反対側には、彼女の通う学校の、インテリで社会的地位もあるるが、地味で発展性を感じさせない大人の世界が存在することを、彼女たちが示している。
映画らしいコミカルさ、ロマンティックな雰囲気をしっかりと盛り込みながらも、恐ろしく地に足の着いた、そして永遠のテーマとして考えさせられる問題を含んだ作品でした。