私は5年まえに新築の家を建てた。念願の書斎を一部屋設けた。これでカフェ生活ともおさらばだと思った。しかしながら、結局、家では落ち着かない。不思議なものだ。自分の集中力のなさに嫌気がさした。相変わらず生活の一部にカフェがある。
「喫茶店に一歩足を踏み入れた途端に、意識が変わります。仕事モードにスイッチが入ります。」(p.3)と齋藤氏は言う。全く同感だ。 「どんな仕事も、とりかかるときがいちばん面倒くさい。」(p.3)。齋藤氏もそうであったか。
「図書館に入ると必ず眠くなる」(p.17)。私も同じだ。
「生きている人すべてがコンセプトを考える必要にせまられている時代(p.24)」において、カフェが重要な知的生産の場になっている社会人は少なくないと思う。読書家は書斎をほしがるだろう。しかし、若い頃はとても手に入るものではないだろう。だから、カフェを利用する。でも、書斎願望を遂げても尚、私のようにカフェ生活から抜け出せない人たちも案外多いのではないか。
この本には、カフェで頭を鍛える方法や姿勢の数々を具体的に紹介している。99%賛同できることばかりである。
だが、1点だけ、少なくとも私の実感と異なるところがある。
電車の中を喫茶店化することについては賛同するが、「電車の中で音楽を聴くのと、本を読んだりする知的活動の相性が悪いのです。(p.156)」という箇所についてはいかがなものか?私はカフェでクラシック音楽を聴く。周囲のノイズを音楽でかき消すことができるからだ。しかも、声楽を伴わない曲であれば、クラシック音楽が左脳的活動を妨げることはないのではないかと思う。これは私の経験則だが、脳関係の本に同様の解説があるのを何度となく見てきた。
この本のおもしろいところは、齋藤氏の日常生活を(おそらく)あるがままに紹介してくれたところだ。
ユーモラスでさえあった。
齋藤氏は、喫茶店でこの本の原稿を書いたそうだが、私も、喫茶店でこのレビューを書かせてもらった。