「9年2ヶ月の間、一階に降りることを許されなかった少女」と「二十年間、二階に上がることを許されなかった母」の間を隔てる「14階段」。
この事件に僕が人一倍興味を抱くのは、犯人の佐藤宣行と同世代(1962年生まれ)ってのがある。ちなみに、宮崎勤も上祐史浩も1962年、宅間守は1963年。1961年には林真須美がいるし、1960年には一柳展也がいる。猟奇的な事件が起こるたびにとても他人事とは思えない。1960年代前半生まれ、その昔“新人類”って言われた世代には、きっと「何か」あるんじゃないだろうか。
だから、本書もとても興味深く手に取った。でも、はっきり言って、当時、新聞、雑誌、テレビで掴んだ事件の輪郭以上の発見がこの本にはない。もちろん、少ない情報を頼りに、不可解なものに整合性をつけようとすることは愚かなことだ。この本には、結論なんか求めていない、もう少し手がかりがほしかった。なぜ、9年2ヶ月もの間、人を拘束する奴がいて、拘束される少女がいて、そのことをまるで知らない母がいるのかってことの、手がかり。
それはそうと、この本、誰かちゃんと校正してる?「地元の工業高校を卒業してからは、一切働くことなく現在に至っている」って表記があり、たった2ページあとには「高校を卒業した宣行は、地元企業に就職するも、わずか三ヶ月で退職」ってある。「一切」なのか「わずか三ヶ月」なのか、整理して書くのが基本じゃないのか?
この著者の対象へのスタンスも気になる。「やはり、すべてはこの弱き母が悪いのだろうか。我が子に対して「与える」「従う」「そっとする」という安易な道ばかり選んで、闘うことを避けてきた彼女が」ってあるけど、その弱き母からすべてを引き出そうとし、本人へのアプローチをわりとあっさり放棄してしまってるのはどうなのよ?“安易な道ばかり選んで”るのは著者のような気がしてならない。