我々はこの人生で、どの瞬間をとっても、片方の足を御伽噺に、もう片方の足を奈落において生きている
人生はときに、きわめて貪欲だー人は何日も何週間も、何ヶ月も何年も、新しいものを何一つ感じずに過ごすことがある。
ところが、一度ドアが開かれるとー開かれたわずかな隙間から本物のなだれが突入してくる。
ある瞬間、ひとはなにも持っていなかったのに、次の瞬間には持ちきれないほどのものを持つことになる。
サドいわく「私たちは自分自身の限界を見つけたときに始めて自分を知ったといえる」というのだが、たしかにそうだ。
しかし、間違っているともいえる、なぜなら、自分自身について全てを知らなくてもいいのだから。
なるほどなあ〜〜と思った作中の文章であります。