今日起こっているデフレがただの景気後退でないという認識は、そのとおりだと思う。水野氏のリフレ派批判ももっともだと思う。しかし水野氏の所説には首をひねるところも少なくない。
たとえば氏の歴史理論の要である「利子率革命」。ヨーロッパでは13世紀から15世紀にかけて、農業の技術革新などで労働者の実質賃金が上がっていく。その一方人口の減少で封建領主は年貢の増加を見込めない。領地から上がる利潤が極端に低くなってしまったので、金利も下がる。領主たちは封建社会を維持するインセンティブが薄れてしまった。これが封建社会から資本主義経済社会へ転換した根本原因である。氏はこの歴史的事例を現代になぞらえて、90年代日本で始まりいまや世界に広がろうとしている超低金利状態が、資本主義経済に決定的な変化をもたらすだろうという。
中世末期は労働者の実質賃金が上がって豊かになった、ブローデルはこの時代を「労働者の黄金時代」といったというが、果たしてそうだろうか。この歴史観は私たちの常識とはかけ離れている。
まず当時「労働者」と呼べる身分の人々がいただろうか。封建領主は領国に対する「投資」を行っていただろうか。封建領主は軍事費を負担し、宮廷を構え、家来を従え、身分制度を維持したわけだが、それを「事業」という意識で行ったであろうか。そもそも当時損益を計算できるほど複式簿記が普及していただろうか。氏は封建領主を近代の農場経営者と同じように考えているのではないか。
中世末期はペストが流行し、百年戦争と呼ばれるような長い戦争がつづき、農村は疲弊した。とうてい「労働者の黄金時代」であったとは考えられない。むしろ人口減少とそれにともなう生産力の低下が封建領主の経済基盤を破壊したと考えるのが常識的である。「利子率」とか「インセンティブ」とかが出てくる場面ではない。
水野氏は現代の経済理論を、社会構造の違いを無視して過去に単純適用しているように思える。
現在起こっている変化がマクロ規模の大変化であることは確かだと思うが、その分析のためにブローデルやウォーラーステインを引き合いに出すのはいかがなものだろうか。もっともらしく聞こえはするものの、結局「トンデモ説」になっているような気がするのだが。