内容紹介
★44歳・時給800円パートデビューの主婦が、52歳で正社員、53歳時に異例の抜擢、年商10億のカリスマ所長に!
★「エチカの鏡」(フジテレビ系)、「スッキリ!!」(日本テレビ系)、「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日系)、「NHKニュース おはよう日本」、読売新聞などに次々登場し、大反響! あの「カリスマ駅弁販売員」が書いた、はじめての本!
★ふらりと立ち寄るお客様をたちまちその気にさせる「5秒接客法」から、1年でスタッフの結束力が劇的アップ!駅弁売上を5000万アップさせた奇跡のチームづくり、地方の駅弁業者の厨房で一緒に味見をして15種の限定駅弁を開発する商品開発法など、奇跡のサービスをはじめて明かす!
★・自分が売りやすい商品を多めに発注→1日の売上5万アップ!
・自分が食べたおいしい駅弁を多めに仕入れ→1日の売上10万アップ!
・自分のやりたいように売り場を変更→年間売上3300万アップ!
・53歳で営業所長に就任し、1年で現場改革→年間売上5000万アップ!
★学歴・職歴関係なし!会社の常識知りません!マニュアルなんて大嫌い!
私にあったのは、「仕事は楽しく」のモットーだけ!
<著者より>
私は大学を中退し、結婚・出産後23年間、3人の子育てに邁進してきました。97年3月末に、「ブラブラしてないで働いたら?」の長女のひと言で、専業主婦生活とさよならし、時給800円でパートデビューを果たした44歳の私は、5月15日にはじめてのお給料を7万円ほどもらい、3人の子どもたちに1人1枚ずつ5000円札をプレゼントしました。
その5000円札をいまだに長女は、デスクマットに挟んでとってあるのです。しかもそのお札にはエンピツで小さく「ママの初給料1997年5月15日」とメモしてあります。
わが家では、大学生にはお小遣いをあげていませんでしたから、彼女だってそんなにたくさんお金を持っていたわけではありません。5000円の使い道はいくらでもあったはずです。それでも長女は私の初給料を使わず、大切な記念品として取っておいてくれました。 それを見つけたとき、私は彼女が本当に私のことを思い、私が働いたことを心から喜んでくれたのだと、うれしく感じました。
★「エチカの鏡」(フジテレビ系)、「スッキリ!!」(日本テレビ系)、「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日系)、「NHKニュース おはよう日本」、読売新聞などに次々登場し、大反響! あの「カリスマ駅弁販売員」が書いた、はじめての本!
★ふらりと立ち寄るお客様をたちまちその気にさせる「5秒接客法」から、1年でスタッフの結束力が劇的アップ!駅弁売上を5000万アップさせた奇跡のチームづくり、地方の駅弁業者の厨房で一緒に味見をして15種の限定駅弁を開発する商品開発法など、奇跡のサービスをはじめて明かす!
★・自分が売りやすい商品を多めに発注→1日の売上5万アップ!
・自分が食べたおいしい駅弁を多めに仕入れ→1日の売上10万アップ!
・自分のやりたいように売り場を変更→年間売上3300万アップ!
・53歳で営業所長に就任し、1年で現場改革→年間売上5000万アップ!
★学歴・職歴関係なし!会社の常識知りません!マニュアルなんて大嫌い!
私にあったのは、「仕事は楽しく」のモットーだけ!
<著者より>
私は大学を中退し、結婚・出産後23年間、3人の子育てに邁進してきました。97年3月末に、「ブラブラしてないで働いたら?」の長女のひと言で、専業主婦生活とさよならし、時給800円でパートデビューを果たした44歳の私は、5月15日にはじめてのお給料を7万円ほどもらい、3人の子どもたちに1人1枚ずつ5000円札をプレゼントしました。
その5000円札をいまだに長女は、デスクマットに挟んでとってあるのです。しかもそのお札にはエンピツで小さく「ママの初給料1997年5月15日」とメモしてあります。
わが家では、大学生にはお小遣いをあげていませんでしたから、彼女だってそんなにたくさんお金を持っていたわけではありません。5000円の使い道はいくらでもあったはずです。それでも長女は私の初給料を使わず、大切な記念品として取っておいてくれました。 それを見つけたとき、私は彼女が本当に私のことを思い、私が働いたことを心から喜んでくれたのだと、うれしく感じました。
内容(「BOOK」データベースより)
一見さんをたちまちその気にさせる「5秒接客法」。スタッフの結束力が10倍アップする奇跡のチームづくり。「専業主婦×お客様目線」=新商品開発・最強の方程式。次々テレビで紹介された「カリスマ駅弁販売員」初の本。
著者について
1953年埼玉県生まれ。JR東日本グループの株式会社日本レストランエンタプライズ(NRE、旧・日本食堂)弁当営業部・大宮営業所長。21歳で学生結婚し、大学を中退。3人の子育て(長男、長女、次女)に邁進する。
23年間の専業主婦生活を経て、1997年、44歳時にJR上野駅の駅弁販売でパートデビュー。当時の時給は800円。徐々に「カリスマ駅弁販売員」として実績をあげ、1999年に上野駅の売店店長に昇格。1日の売上が100万円を超す上野駅の一番店を任される。その後、パートの身分ながらはじめて上野駅8店舗を束ねる総括店長となり、49歳で契約社員となる。
最初の社員登用試験に落ちるが、2度目の試験で合格。2006年、52歳で正社員となり、53歳時に異例の抜擢で大宮営業所長となる。
就任1年目で駅弁売上を5000万円アップさせ、年商10億円超を達成。自ら地方の駅弁業者に出向いて大宮駅限定のカリスマ駅弁を15種産み出すかたわら、7人の社員と80人のパート・アルバイトを束ね、6店舗を切り盛りするカリスマ営業所長として活躍。
「エチカの鏡」(フジテレビ系)、「スッキリ!!」(日本テレビ系)、「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日系)、「NHKニュース おはよう日本」(NHK)など、次々マスコミで取り上げられる。モットーは、「仕事は楽しく!」。接客や商品開発をテーマに講演する機会も多い。本書がはじめての著書。
23年間の専業主婦生活を経て、1997年、44歳時にJR上野駅の駅弁販売でパートデビュー。当時の時給は800円。徐々に「カリスマ駅弁販売員」として実績をあげ、1999年に上野駅の売店店長に昇格。1日の売上が100万円を超す上野駅の一番店を任される。その後、パートの身分ながらはじめて上野駅8店舗を束ねる総括店長となり、49歳で契約社員となる。
最初の社員登用試験に落ちるが、2度目の試験で合格。2006年、52歳で正社員となり、53歳時に異例の抜擢で大宮営業所長となる。
就任1年目で駅弁売上を5000万円アップさせ、年商10億円超を達成。自ら地方の駅弁業者に出向いて大宮駅限定のカリスマ駅弁を15種産み出すかたわら、7人の社員と80人のパート・アルバイトを束ね、6店舗を切り盛りするカリスマ営業所長として活躍。
「エチカの鏡」(フジテレビ系)、「スッキリ!!」(日本テレビ系)、「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日系)、「NHKニュース おはよう日本」(NHK)など、次々マスコミで取り上げられる。モットーは、「仕事は楽しく!」。接客や商品開発をテーマに講演する機会も多い。本書がはじめての著書。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
三浦 由紀江
1953年埼玉県生まれ。JR東日本グループの株式会社日本レストランエンタプライズ(NRE、旧・日本食堂)弁当営業部・大宮営業所長。21歳で学生結婚し、大学を中退。3人の子育て(長男、長女、次女)に邁進する。23年間の専業主婦生活を経て、1997年44歳時にJR上野駅の駅弁販売でパートデビュー。「カリスマ駅弁販売員」として実績をあげ、1999年に上野駅の売店店長に昇格。1日の売上が100万円を超す上野駅の一番店を任される(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1953年埼玉県生まれ。JR東日本グループの株式会社日本レストランエンタプライズ(NRE、旧・日本食堂)弁当営業部・大宮営業所長。21歳で学生結婚し、大学を中退。3人の子育て(長男、長女、次女)に邁進する。23年間の専業主婦生活を経て、1997年44歳時にJR上野駅の駅弁販売でパートデビュー。「カリスマ駅弁販売員」として実績をあげ、1999年に上野駅の売店店長に昇格。1日の売上が100万円を超す上野駅の一番店を任される(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)