内容を簡単に言うと
(1)今の状況は「円高」ではなく「ドル安」である。
(2)米ドルは信用度を下げ続け基軸通貨の座から下りる。
つまりドル安が進む。
(3)そして円高はさらに進む。(1ドル50円は目安としての数値)
(4)しかし、円高が進んでも日本は恐れることはない。
むしろ構造を転換するチャンスだ。
(5)ユーロは危うい通貨であり、元や円も基軸通貨にはなれない。
今後は「基軸通貨無き時代」に突入する。
(6)今後の日本社会に対しての提言
というような感じです。
野口悠起雄さんのように「購買力平価から見て、今はまだ円安水準。つまり円高が進む」というような数字での説明が乏しく「ドルの信用度が落ちるだけで円高がそれほど進むのか?」といった疑問が残ります。
また、「1ドル50円時代をどう生き残るか」といった骨子の問題に対しては具体的な提言はありません。
大前研一さんのように「ウクライナの肥沃な土地と安い労働力で農業をしよう」といったような具体的なアイデアは見受けられませんね。(Q永漢氏も同じようなことを書いておられました)
やはり学者さんの考えであって、大前氏などの実務家とは違います。
「日本経済が外需に対してどのくらい依存しており、1ドル50円でどのような影響があるのか。」また、「それにどう対処していくのか。」「円高がチャンスだというのなら、どうそのチャンスを活かすのか」については書かれていません。
「ルクセンブルクのような小国がちゃんと国を運営していっているのだから、日本も自治体レベルの小さな単位でまとまるべきではないのか」という意見が書かれていますが、同時に道州制では単位が大きいと書かれています。
道州制レベルのまとまりにすると、域内格差の拡大を招くというのが、その理由のようですが、道州制の最大のメリット「国の規制に縛られずに各地域が個別にグローバルな視点で活動できる」というメリットについては書かれていません。他の箇所からも、筆者は「日本は全体で一律に維持・発展するべきだ」と思っているようです。それは理想論に過ぎないと思います。道州制になったとしても、その域内で「できる地域」と「できない地域」が出てくるのは当たり前のことでしょう。
「愛嬌と度胸」という事も書いておられます。「愛嬌」とは、すなわち来る者は拒まず。「度胸」とは、すなわち去るものは追わず。という事らしいです。つまり外国人労働者や企業を受け入れて、国内企業の海外流出は気にしないという事のようです。私もそれはそうだと思いますし、とめられない流れだと思います。が、しかし、その際発生する問題や、それでどうするのか?どうなるのか?という肝心の問題には触れられていません。
後半は全くの「お題目」であり、国がどうすべきか・個人がどうすべきかといった読者が一番気になる部分については全く具体性に欠ける内容です。
ブレトンウッズ以来の各国通貨の関係は、わかりやすくまとめてありますので、それを知りたい方にはいいかもしれませんが、今後自分の資産をどうするといった答えをお求めの方には向かない本だと思います。