(ネタばれあり。ご注意を)
この本は著者が、会社員という立場を維持したまま世界一周に挑戦した旅行記だ。長期休暇が取りづらい日本の会社員が出来る究極の旅の形、チャレンジの記録といえるだろう。
吉田の経歴はこの日本においては幸運に恵まれているといって過言ではない。彼は初海外旅行にして夫婦での世界一周旅行に出る前に、大手一流企業を退社している。ところが帰国後、同じ会社に再就職を果たしているのだ。
昨今の雇用情勢はとても厳しく、転職組が苦汁をなめるどころか、大学生ですら休みに旅に出たりせず、ダブルスクールなどで資格取得に励み、なんとか就職しようとがんばってるぐらいだ。一つの会社に必死にしがみつこうとする人が多い状況で、同じ企業に再就職なんて、ラッキーとしか言いようが無い。
だが、せっかく戻れた会社は彼がやめる前と同じ会社ではなくなっていた。彼が所属した編集部、雑誌は次々に廃刊や縮小の憂き目にあう。再就職が遅ければどうなっていたかわかったものではない。再び辞めて長期旅行に出るなど自殺行為だ。
そんな中で彼は、この世相に合った旅のスタイルを切り開いていく。週末に有給休暇をくっつけ二泊三日や三泊四日で世界を旅する「サンデートラベラー」である。彼自身はその著作を自分と同じような会社員向けに出していたつもりかもしれないが、先に書いたようにいまや大学生ですら気軽に長期旅行に行けなくなっているので、その著書はおそらく学生にも大いに受けただろう。「負け組にならずに旅に出る」というスタイルを実践もって確立したわけだ。
時代にマッチしたおかげで彼は著作を重ね、ついにサンデートラベラースタイルの究極の形としての「12日間世界一周」に出る。無職で世界一周はすでに成し遂げた。今度はサラリーマンをやりながら世界一周をするのだ、と。
そして彼は……この本の結末で、なんとその会社員自体を辞めるという選択をする。徐々に副業である旅行作家が本業の会社員より大きくなっていったという説明がなされていたが、はたしてこの選択は正しいものだったのだろうか? なぜなら彼は、「会社員をしながら旅に出る」というスタイルによって今の地位を確立したのである。それなのに彼は、辞めることであまたいる「ただの旅行作家・ライター」になってしまったのだ。会社員という立場はその著作において足かせどころか大きなアドバンテージであったのに、それを投げ捨ててしまったのだ。
正直、わからない。旅行作家として食べていける自信ができたのか? それとも、今後も数泊で世界各地に行くというスタイルの実例を読者に提示し続けるのか? だがそれは、会社員という立場でありながらそれでも海外旅行に行きたいという切実な欲求ゆえの行為ではなく、ただの印税を稼ぐためのネタとしてのものになる。読者は、彼の切実な旅行欲求と自らを重ねあわせることで、彼の本を愛したのではないか? 好きなときに旅に行ける人間がサンデートラベラースタイルでいくら文章を書いたところで、それはただの模倣にしかならない。彼が今後出す週末海外旅行本は、残念ながら切実さが伝わってこないものになってしまうことだろう。
では彼がそのスタイルを抜け出し、印税で食える立派な旅行作家になれる可能性はあるか? これもまだ不明だ。角川から出ている小説誌「野生時代」に彼の秘境旅行記が連載されている。また、今回の本の会社を辞めるくだりは彼自身が「私小説」っぽいと認めるように、そういう一般的な旅行記の片鱗を見せるものだった。
いままでのように事実描写を中心とするだけの旅行記しか書けなければ、良くてガイドブックのライターに納まるのが関の山ではなかろうか。もともと会社員として雑誌や書籍の編集をしていたそうだからフリー編集者として食べていく道もあるだろうが、そうではなく、文章自体で読ませる旅行作家になれるかどうか。そこが彼の人生の分かれ道だろう。
旅で人生を豊かにし経歴すらブラッシュアップすることに成功し続けられるか。それとも多くの長期旅行者同様に、結局は悲惨な末路を描くことになるのか。新婚旅行で世界一周などせず一つの会社にしがみつくような平々凡々な人生のほうが良かった、旅の魅力など知らないほうが良かったという結末にならないよう、祈るのみである。
まぁ、どんなに悲惨な末路になっても、旅に出たほぼすべての人が旅に出たこと自体は後悔しないので、それは大丈夫だろうけどね。
なによりも彼には美しい奥さんがいる。そう、旅が悲惨な人生に繋がるのは、ほぼすべてが独身者。結婚してる人はなんだかんだ言っても人生うまく乗り切っていくのもまた、事実なのだ。長期旅行がそれなりの数の人生を狂わすのではなく、結婚する甲斐性が無いことが、そういう人の人生を狂わせるだけなのかもしれないな(笑)