ロシア文学を比較的重視している古典新訳文庫。ドストエフスキー、トゥルゲーネフ、トルストイ、レーニンに続いて、遂にゴーゴリにまわってきました。今回は彼の短編のうちもっとも読まれているといってよい『鼻』『外套』、それに加えて世界的に有名な喜劇『査察官』が一冊の本の中に収められました。
解説の中で、訳者の浦氏はこれまでは「日常にひそむぞっとするような真実」「人道主義的」といった語句が、これらの作品を語る上で真っ先に登場することを指摘し、そのために幻想小説家ゴーゴリという側面が無視されがちとなり、彼に対する解釈が安直なものにとどめられていることを暗に批判しています。そこで、独特の眼と四次元的な想像力、増殖する妄想を併せ持った彼の魅力を伝えるために、今回の訳では音韻、調子に注意し落語調を用いています(戯曲の『査察官』を除く)。
この試みは成功しており、驚くほどすんなりと読者は彼の世界に引きずられ、人物の一挙一動をまるで自らが体験してるかのように感じられます。特に小説である前二者においてその感覚は顕著でしょう、『鼻』の奇想天外な展開、『外套』の地味ながら綿密な描写は他の作家のどんな小説の中にも見出すことはできません。今回の新訳がゴーゴリを愛読している方にも、普段あまり文学に馴染みのない方にも読まれることを望みます。
なお、『査察官』とは通例『検察官』と訳されてきた作品ですが、原語の意味を踏まえてこの題名となりました。別作品ではないので注意してください。(詳しくは本書のあとがきを参照)