現役の新聞記者に黒田清の話をすると、「彼の仕事は記者の一面
にすぎない」と評価する人が多い。新聞記者の王道は「事件記者」
であり、ネタ(=捜査員、検察官などネタ元)に食らいつき、それ
を大きく紙面で展開できる者が強い者というのが、かの世界のセオ
リーだ。
黒田清はそれに真っ向から勝負を挑んだ社会部長だった。その方
法は「街ネタの発掘」。小さな題材をふくらませ、社会の大きな問
題を問う企画を連発し、それが「窓」「戦争」などとして結実し
た。一方、「武器輸出」「警官汚職」など調査報道によるスクープ
も数々放った。しかし、自分で考え、読者に届く言葉を紡ぐ黒田の
手法は、新聞を使って読者をリードしていきたい勢力によって潰さ
れる。独立して自分の路線を貫こうと「黒田ジャーナル」を興した
黒田は……
本書は、黒田をよく知る編集者が、黒田の残した膨大な日記と関
係者の綿密な聞きとりを元にその全体像を描いた労作だ。黒田の
「人間」を描くことは成功しており、臨終の場面は圧巻である。
組織と個人についての本としても優れる。大阪読売で黒田が潰さ
れた経緯は、「ナベツネvs黒田」の簡単な図式で語られがちだが、
組織内部の追従者や裏切者、そしてとばっちりを恐れる大多数のサ
イレント・マジョリティによって葬られたのだという「恐ろしさ」
をよく調べている。また、独立後の黒田とスタッフの齟齬、事業が
うまく運ばない焦りなど、大組織を出てから黒田がもがいた軌跡を
赤裸々に描いているのにも敬服する。著者が黒田に私淑しているの
は明らかなのに、よくここまで書いた。
新聞は今、冒頭に挙げた記者たちの固定観念自体が、ネットでの
情報流通の発達で大きく揺るがされている。しかし、新聞を攻撃す
るネットユーザーも、ジャーナリズムをほとんど知らないし、その
必要性も考えた節はない。だから不毛な争いが続いている。黒田が
生きていたら、何というだろうか。