とかく推測・憶測が紛れ込んだ黒澤明のハリウッド進出挫折の原因を、膨大な日米の資料の発掘と読み込みや関係者インタビューによって、客観的に浮かび上がらせようとした労作。約40年前の日米の映画製作のあり方・ビジネスの進め方、監督の位置付けの根本的な相違が、黒澤が描きたがっていた真珠湾の山本五十六同様の悲劇を生んでしまった事がよく解る。黒澤は映画に携わるあらゆる創作的な行為である脚本・監督・編集、さらにはキャラクターデザインや絵コンテ作成も自らの責任において全うする一方、ハリウッドにおける監督は編集前の素材をフィルムに収める現場監督に過ぎない。
それまでの出版物が心情的に黒澤擁護しがちなのに対し、時には黒澤や日本映画界の甘さを厳しく指摘している(もちろん、資金やスケジュール、さらには現場の苦労にも無頓着で、よい作品をつくることに全精力を傾けたがゆえに、黒澤は数々の名作を生み出したのは紛れもない事実であるが・・・)。またビジネス最優先という一面的な見方によって非難の対象とされていた、20世紀フォックス側の苦労や、黒澤に常に敬意を払っていたD・ザナックやエルム・ウィリアムスの映画人としての偉大さも、本書から十分に窺い知ることができる。今だからこそ俯瞰的に眺められる数々の事実であるが、当時は誤解とすれ違いだらけで、誰もが苦い想いをしつつも、破局に向かって突き進んでいった様子が痛いほど伝わってくる。筆者は客観的にかつ彼らに敬意を払う姿勢を保ちつつ、450Pにも及ぶ作品にまとめ上げた。間違いなく映画史上の資料的価値のある書籍であり、かつ読み応えのあるドキュメンタリーである。