胡桃沢氏が直木賞受賞を意識して書いた初めての本格的娯楽小説。
それまでは性豪小説を多産していた氏が満を持して取り組んだ作品。自身の体験を織り込んだ作品なので、今読んでも胸に迫るものがある。
直木賞受賞当時、かなりの高齢で、それまでの経歴から週刊誌には胡桃沢氏を子馬鹿にするような記事も散見されたが、この小説を読むとそんな評価が全く見当違いの不当なものであるのがわかる。
大陸で終戦を迎えた氏は、支那側に逃げた部隊が早々に帰国する中、満洲側に突出していた二個中隊に所属していたために、それからの二年半を蒙古共和国の収容所で強制労働に従事させられるのである。
一万六千人の兵士が二千人づつに分けられ、それぞれの収容所で強制労働させられる。厳しい栄養状況ときつい労働条件も目を見張るものがあるが、革命を起こして将校を引きずり下ろし、収容所を締める赤穂の小政というヤクザものや、ノルマを達成できないと裸にむいて木に縛り付けて一夜を明かさせる『暁に祈る』と呼ばれるリンチを行う吉村隊長などが俘虜生活にさらに緊張感を与える。
胡桃沢氏は東映でシナリオを書いてきた経験もあるほどの映画通なので、映画を題材にした講談や二科展入選画家と組んだ紙芝居講談で為政者にうまく取り入り窮地を乗り切ってゆくのだが、古い映画や後楽園球場で行われた田中絹代ほかの『暁に祈る』のイベントなどの挿話も当時を知るよい資料である。
戦後生まれで戦争を知らない作家が資料をもとに書く戦争文学も悪くはないが、実体験として戦争を知っている作家の書く戦争文学はまた格別である。
『異国の丘』という歌が私は好きなのだが、これはまさに胡桃沢氏が実体験をもとに書いた『異国の丘』と無事に日本に帰るまでの物語である。