「大寺家」を舞台にした作品を集めた短編集。
「大寺さん」が学生だった戦前から、信州への疎開時代を経て、スイッチ一つでご飯が炊けるようになった戦後までの一家の歴史がおさめられている。
私自身は昭和43年の生まれで、当時乱立した集合住宅で育ち、今も似たような今風安普請の住宅で暮らしているし、両親の実家もものごころつくころには建て替えられていたにもかかわらず、大寺家の生活に自分でもおかしいほどの郷愁を感じる。彼が新婚時代に間借りした私設銀行の2階へ続く大きな階段の磨きこまれたツヤや、手すりの感触を覚えているような気がする。絶対に経験したことはないのに胸が痛くなるほどの懐かしさを感じるとき、人間のDNAは先祖の体験を記憶しているのではないかと半ば本気で考えてしまう。
これが女性の目線で書かれていたら、かなり遣り切れない話になると思うが、幸いなことにすべて男性である「大寺さん」本人の主観が貫かれているので、ほどよいユーモアがブレンドされた作品に仕上がっている。
装丁もとてもいい。真っ白な本がパラフィン紙で包まれて、シンプルだがしっかりした函におさまっている。内容も含めて思わず抱きしめたくなってしまう、そんな1冊だ。