登録情報
|
少年の「絵」との出会い。それは死んだ父親の影響。
少女の「絵」の出会い。それは母の弟であるおじの存在。
彼らがまだ高校生という微妙な年代のために縛られている部分もあるけれど、とてもとても素敵な関係。
湘南あたりの場所設定も彼らの存在を浮き上がらせるのにとてもいい。
佐藤多佳子は初めて読んだ。
2004年、出会えてよかった作家だ。
この話には二人の主人公がいる。授業中いつも落書きばかりしている木島悟16歳。そして、漫画家の叔父とおるちゃんにしか心を許さない気難しい少女、村田みのり16歳。
作品は、連作短編を積み重ねた長編。最初の2編は小学生の木島の別れた父との一夜と、中学生だったみのりの友人とのいさかいの話だ。だが、後は高校生のふたりを描くものだ。
悟やみのりの揺れ動く気持ち。どう言ったらいいのか分からない気持ち。これが、類型化じゃなくて悟やみのりにしかない気持ちの揺れ、彼らにしかない行動で描かれる。読んでいると大人の読者の私は消えて悟になり、みのりになる。実際、娘にこの本を薦めるときに、「どうも・・・このみのりって子がね、おかあさんに似てる気がしたんだ」なんて言ってしまった。本当は全然違うかもしれない。
この本を読んで何回泣いたかわからない。いわゆる泣くトコじゃないとこだったようにも思う。なのに佐藤多佳子の微細な視線でみた彼らの気持ちがシミルのだ。
落書き男の悟が、みのりだけはどうも描きにくいと言う。その人の本質に近いような部分を凝縮した「いやあな感じ」に似てる人物画を描くという木島にそう言わせるみのりは、確かに変わってる。
<i>「村田さんの似顔は描けねえかもな」
「すげえむずかしいんだよ。顔じゃなくてさ。人間の感じがさ」</i>
その「むずかしさ」ってヤツが、悟にもあるんだと思う。
あるいは人には誰でも、そういったむずかしい部分があるのかもしれない。
一口にいえない。けれど、譲ることのできない解りにくい自分の核が。
この本は、見えない読者の「それ」をごく自然な形で認めてくれる。それでいいと言ってくれる。私は、きっとそこが好きだったんだと思う。
爽快で希望に満ちたラストを読み終えて、自分が迷っていたことも、なんとなく吹っ切れた気がした。全然ストーリーとは関係のない悩みだったのに。なぜだか誰にも、自分を信じさせてくれるオマジナイがかかるような本でした。
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|