スティーブン・ハンターの小説の面白さは、スワガーという魅力的な主人公だけでなく、緻密なプロットと描写、そして魅力的というか強力な悪役の存在、にある。『極大射程』での緻密なプロット、そして、『ダーティホワイト・ボーイズ』でピカレスクロマン(悪漢小説)という形で悪役を造形する能力を発揮したハンター。ハンターはピカレスクロマンに転向したのか、いったいハンターはどこにいくのか、と当時は思われたものだった。
だが、それは杞憂だった。その後の『狩のとき』『悪徳の都』『最も危険な場所』などの傑作では、緻密なプロットに加えて、魅力的かつ強力な悪役・敵役が存在し、スワガーの活躍をよりスリリング、魅力的にしたのだった。
しかしながら、本書は、往年の傑作を知る読者には残念な作品である。プロットはお世辞にも緻密とはいいがたく、先の読めてしまうものであり、ある種の idiot plot (登場人物が利口ならばすぐ解決する事件)ですらある。一例をあげれば、冒頭の娘への襲撃事件の理由が謎であるのだが、プロットがすすむうちに、後半では犯人が最初の襲撃事件で娘に顔を見られたことがその後の襲撃の理由になる、と循環論法になっているのだ。(じゃあ最初の襲撃の理由はなんだったのだろうか?)
悪役の造型も魅力的とは言いがたい。おなじみの宿敵、グラムリー家とパイ家が合体したのが今回の敵であるが、最終的にはこの両家と関係ない殺し屋がメインの敵になってしまう。作品の中心になる強く、そして個性的な悪役は不在なのである。
破綻したプロット、つまらない悪役。ハンターの作品の愛読者でなければ、とうていおすすめできない。でも、ハンターファンには、ベトナムの少女がスワガーの危機を救う、などというホロリとする場面もあり、読まないわけにはいかないだろうね。ボブが活躍してくれるだけで、ファンとしては嬉しいのだから。
なお、訳者なのか出版社の責任かわからないが、この作品に限らず、ハンターの作品のタイトル、原題とは全く関係なく、そして的確に内容を表現しているとも言いがたいタイトルが多い。もう少し原題を尊重して欲しいと思う。