前書きも後書きもない。頭にまず思い浮かんだという声楽家の藤原義江氏の話からいきなり始まる。“東洋のヴァレンチノ”と呼ばれた若かりし二枚目の顔ではなく、既に足が不自由になり始めていた頃の晩年の表情に、著者は目を奪われる。体の動きは不自由ながら、目は鋭く内面に強いエネルギーをたたえる。そこに至るまでの彼の人生を紹介していく。
波乱に満ちた藤原氏の生き様を読み進めると、若気の至りとも言える破天荒さやパラノイア(偏執症)のような世間と遊離した行動、あるいは死と隣り合わせのような苦労を経てしか、やはりダンディズムなるものを自任できないものか、と心配になった。
しかし、最終章で「対談に際しても、馴染みの相手だからと無手勝流でいこうなどとはいっさい思わない。その日のテーマをきっちり絞り、相手を調べぬいて出向くのだが、現場ではそれにこだわることなく、話の流れに沿って遊んだものだ」という吉行淳之介氏の流儀を読み、なるほどダンディズムは一生懸命に生きた者全員に許される称号なのだと気づいた。
この方たち以外には、歌舞伎俳優の市川猿翁氏、小説家の幸田文氏なども取り上げている。また、著者が作家になる以前の、中央公論社の編集者時代のエピソードも含まれている。
ある時著者は執筆依頼のために、編集長と一緒に小説家の今東光氏に会って話を聞いた。その際、今氏が編集長と平社員だった著者に同じ時間ずつ視線を送ったという「平等な視線」に新鮮な驚きを感じている。そこからはダンディズムの資格として、「慈しみ」というキーワードも見えてくる。
財界からはただ1人、サントリー元会長の佐治敬三氏が選ばれている。佐治氏とは同じ経営者としておつき合いいただいていたが、文中に何度か出てくる開高健氏とは大学の同級生だった奇縁も手伝って、懐かしく読んだ。紳士と野武士が同居した在りし日の佐治さんの姿が強烈に思い起こされた。日本では苦戦しているサントリーのビールだが、中国の上海では一気にトップブランドに駆け上がった。「そんなことは最初から分かってたんや!」と快哉を叫ぶ佐治さんの声が、上海で三得利〓酒サントリービールを飲むたびに聞こえてきそうだ。
『アブサン物語』でためらうことなく綴った飼い猫への熱い思い、『小説カミさんの悪口』での夫人へのさりげない愛情からにじみ出ていた村松氏のダンディズムは、多くのダンディズムとの出合いで磨かれたことが分かる。
(ユニ・チャーム会長 高原 慶一朗)
(日経ビジネス 2003/02/17 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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