この『書論』は、北大路魯山人(1883~1959)に親炙した故・平野雅章氏(食物史家)が編集された『
味道』及び『
陶説』とともに、「魯山人先生の業績を知る端緒となる」(文庫版のためのあとがき)「魯山人三部作」の一角を為している。確かに、「陶芸家としての魯山人、食通としての魯山人は、実力相応に評価され」(同)ているけれど、限られた目利きや好事家などを除き、一般に「魯山人の書、書家としての魯山人は旧態依然として評価が低く、語られることも少ない」(同)のが事実かもしれない。
しかしながら、魯山人が「私の仕事といいますと、料理の研究よりも、書が一番古いのであります」(能書を語る)と語り、「私は十五、六歳の頃、京都におりまして、独学的に書の研究をしきりにやっておったのでありました」(同)と述べるように、書に対する魯山人の思いは“筋金入り”といっても過言ではないだろう。無論、私は書への造詣は皆無に等しいのだが、たとえば、その魯山人が「中国の能書は明代を以て了る」とか、明治期の著名な一部の「書家の書」を「生きた屍」と酷評などしている。
他方、魯山人は、日本の「三筆」として一休禅師、秀吉公、良寛禅師を挙げ、近代では副島種臣公の書を賞賛している。そして、とりわけ、良寛禅師への思い入れは相当なもので、魯山人は「良寛様の書は質からいっても、外貌からいっても、実に稀にみるすばらしい良能の美書であって、珍しくも、正しい嘘のない姿」であり、「いわゆる真善美を兼ね具えたものというべきであろう」(魅力と親しみと美に優れた良寛の書)と激賞している。まさに「書は人なり」「筆跡は心印」であることが確証される。