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6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
魚の「苦しみ」にいたる推理!,
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This review is from: 魚は痛みを感じるか? (単行本)
ピーター・シンガーの講演を昔聞いたことがある。その講演の後の質疑で「魚は痛みを感じるか」という問題が上がった。ブレイスウェイトのこの本は、その問題を真正面から取り上げたもので、面白い実験結果と、注意深い議論の運びとがあいまって、「謎解き」のプロセスに読者は引き込まれる。動物の痛み、それも魚という、われわれ人間や哺乳類から遠く離れた生き物の「痛み」を知るにはどうすればいいのだろうか。この問いには、科学だけでなく哲学的な難問も絡んでくる。著者の研究方針は、哲学者による分析や分類をふまえつつ、「痛み」の働きを進化の脈絡において考えることによって、われわれ人間の「痛み」に対応する感覚や感情が魚においても生じていると言えるための証拠、客観的に確認できる条件を探っていくというものだ。 われわれが痛みを感じるまでには、いくつかのプロセスが進行する。体の一部に何らかのダメージを受けると、そのダメージを検知する受容体から信号が送られ、反射反応が起き、さらに信号が脳に達すると「痛み」(感覚)となって意識にのぼる。さらに、その痛みの種類によっては「苦しみ」(情動)が生じる。簡単に要約すれば、無意識のレベルで生じる「侵害の検知」、「反射反応」、意識のレベルで生じる「痛みの感覚」と「苦しみという情動」が区別できる。「魚は痛みを感じるか」という問題を、これらすべての様態にわたって調べていこうというのが著者の方針である。 マスを選んで行われた実験で、マスには確かに侵害を検知する受容体があり、それからの信号が神経を通じて伝達され、マスの行動が変わることが確認された。しかし、「痛みの感覚」と「苦しみという情動」という意識レベルにまで話を持って行くためには、反射反応や生理的状態の変化だけでは不十分で、より高次の認知プロセスを必要とする行動まで確認しなければならない。著者が着目したのは、マスが「未知の対象に注意を向け、それを避けようとする」回避行動である。ある刺激物を注射されて「痛み」に相当する感覚が生じておれば、注意力が損なわれ、通常の回避行動をも損なう影響が出るはずである。さらに、「鎮痛剤」を与えてその感覚を軽減してやれば、通常の注意力と回避行動が回復するはずである。実験結果は、その予想通りのパターンとなった。 ここまでの結果が正しければ、魚は少なくとも「痛みの感覚」、あるいはそれに相当するもの、を持っているということになるが、「苦しみを感じる」ことまでは言えない。そして、その先まで踏み込んだところが本書の最大の見所だろう。動物の「痛み」が倫理問題になるためには、「苦しみ」を引き起こすかどうかがカギであり、それはベンサムをはじめとする功利主義者たちがつとに指摘していたポイントである。この問題に踏み込むため、著者はネッド・ブロック(哲学者)の三つの区別を援用する。(1)アクセス意識、これは、現在の心の状態、あるいは記憶された心の状態について気づいており、それらを組み合わせた上で決定や行動をもたらす能力を指す。例えば、ハトの帰巣能力は、いくつかの目印を「心の中で」組み合わせて作り上げられた「メンタルマップ」に依存することがわかっている。(2)現象意識、あるいは自分のまわりの出来事を「感じとる」という感受性の能力で、単なる知覚ではなく、知覚群から自分の主観的な感情や情動をもたらす能力を指す。(3)モニタリングと自己意識、これは、自分の行動について「考え」、起こりうるシナリオをいくつか「検討」し、必要な場合自分の行動様式を修正する能力を指す。例えば、自分の言動が友人の機嫌を損ねたと思って、相手に謝って関係修復をしようとする場合、「自分の行動をモニタリングする」ことが不可欠である。 以上、三つに分けた能力にわたって、魚にどこまでのことができるかを確認し、魚の「苦しみ」を推論しようというのが、本書の山場となる第4章である。山場にいたる記述は、探偵小説の謎解きのように面白い推理の連続である。ウーム、魚の研究もバカにできないなあ、見直した!
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