1934年の大晦日から1935年元旦までの二十四時間の間に起きた、
失踪した安南皇帝と彼が所持するダイヤの行方をめぐる大騒動。
のちに、荒俣宏
『帝都物語』にも大きな影響を与えた
という、都市小説、ナンセンス・ミステリの怪作です。
海野弘氏は、作中のヤクザの市街戦は、1925年に 起きた
〈鶴見騒擾事件〉がモデルだと推定し、以下のような解釈を
示しています。
〈(十蘭は)安南帝のダイヤ事件を表層に張りめぐらし、その下に、1925年の
鶴見事件を埋めこんだ。それはヤクザと土建業とコンツェルン、そして政財界
全体がつながっている政治陰謀小説であった。
だが、さらにその下にもう一つの底があったのだ。それが二・二六事件下の、東京の
アンダーワールドの物語である、と私は想像する〉(
久生十蘭 『魔都』『十字街』解読)
武装した兇徒が皇帝を補禁し、その上、丸の内という特別の地域で、その武装した兇徒が
警視庁に機関銃で立ち向かっていること、それが二・二六事件の見立てであるというのです。
軍部による独裁が行われていた当時、こうした大胆不敵な執筆意図を持って
本作が書かれていたのであれば、久生十蘭とは、じつにおそるべき作家です。