著者の本は、他に読んだことがありません。この「魔性」という新作は人から勧められて読みました。推理小説としては特に優れたものとは言えません。しかし読んでよかったと思いました。主人公のものの考え方や移り変わる心理があまりに自分とは違い、それでいて「こうもありうるだろうな、人間は」という感慨を強く抱きました。500ページある本を何日か持ち歩いて電車の中などで読み続け、飲み屋のカウンターではバイト嬢に「何読んでるの」と聞かれました。あらすじを説明すると、「けっ」という顔をされるのですが、主人公が自宅の掃除を始め、ゴキブリの死骸を捨て、やっと床が見えてくるあたりをかいつまんで話すと「読んでみようかな」と言い出しました。女性(の全部ではなく一部)に、タナトスをうまくうっちゃる天賦の才があるのではないか、それが描写の細部に現われているのではないか、と感じます。そうでなければ、読者はこのストーリーとプロットだけで長編を読み通せるものではありません。