この罪なき多くの老若男女が「神の名」(もはや、完全にイエスの精神とはかけ離れているが・・・)において、何十万、あるいは何百万と惨殺、焚殺されていった事実は、私達日本人から見れば到底理解できない所業である。勿論、日本の歴史においても宗教上の対立による争いや内乱はあった。しかし、この様に何百年間に亘って継続的に組織的に公開しながら殺人を行うという異常事態は、世界のどこにもない。
・・・著者はこの「魔女狩り」=」魔女裁判」の淵源となったのは、12世紀の南フランス地方で起こった「アルビ派の革新運動」のローマ教会の腐敗・堕落振りに対する抵抗運動に見出す事が出来ると論じている。・・・彼らアルビ派はローマ教会の形骸化したあらゆる儀式典礼を否定した。神の神性は教会堂の中でのみ感得できるのではなく、酒場であろうと馬屋の中であろうと個々人が真摯に祈りを捧げるのであれば、感得出来ると主張した。そして、教会を維持する為の税金を納めることを拒否したのである。・・・この金銭的な損失が特にカトリック側は許せなかったのであろう。ローマ法王は遂に「アルビ十字軍」を組織して、武力鎮圧に乗り出すのである。そして、20年の長きに亘り南フランスの国土と人民は破壊され、この事件が後に「異端審問制」を生み、さらに「魔女裁判」を生み出していったという。
痛ましい事だが、この魔女狩りの犠牲となった罪無き者達の中にも、「金持ちである」というただそれだけの理由で虚偽の告発をされ、悲惨な拷問を受け、苦しみのあまりにでたらめの「自白」を行い、絞殺されて大衆の前で死体を焼かれるという・・・さらにその本人が所有していた財産は「裁判費用」という名目で全て教会と裁判官達に没収されるという理不尽極まりない運命が待ち受けていたという。
当時のある神父のこんな言葉が本書内にあった。「残忍な屠殺によって罪無き人々の命が奪われ、新しい錬金術が血から金銀を造る・・・」