以下、高村光太郎と智恵子に関する本文の記述より引用
女にとって愛とは何かというと、
自分を放棄して、自分のやりたいことを犠牲にして男に尽くす、
つまり、奉仕することなのである。
だから、必然的に女は、愛をもつと同時に、
仕事とか、自分の表現意欲とかをもった場合に、
必ず分裂していく、そういうところに追い込まれる。
その悲劇の典型が智恵子であったのではないだろうか。
-----引用ここまで-----
女性の思考回路の中に「夫に奉仕すべき」という
使命感・義務感のようなものが生きている間に
知らず知らずのうちに刷込まれているのだろう。
人を愛することは
相手から拒絶されるかもしれない
という恐怖を伴うものだと
たしかエーリッヒ・フロムが言っていたと思うのだが
相手が自分を受け入れてくれたその先に
「自分が分裂してしまうかもしれない!!」という
とてつもなく大きな恐怖が潜んでいるような気がしていたから
私はフロムが言うリスクを冒してまで
愛し合うことに前向きになれなかったのだ。
そんな漠然とした恐怖は、
知らず知らずのうちに刷込まれてきたことに由来する。
そのことに、この本を読んで気づくことができて
心の風通しがよくなった。
頭をまっさらにしていけば、もっと自由が大きくなる。