上巻では、主人公の青年は人文主義者のセテムブリーニから哲学的、思想的な個人レッスンを何度も受ける。正直、内容が高尚過ぎてハードだった。それなのに、なんと下巻ではセテムブリーニに論客が現れる! イエズス会士にして保守主義者のナフタである。ふたりの激突は小説を超えて「朝まで生テレビ」的徹底討論が展開される。高尚さに輪をかけたふたりのハードなやりとりに、何度も甘い挫折の誘惑に負けそうになった。魔の山を下山したくなったが、一歩一歩地道に進んでいけば、いつかは頂上に辿り着けるのだ。それをおまじないのように唱えながらぼくは谷を渡り、尾根を登った。皮肉なことに、主人公の青年が7年も滞在していた魔の山を後にすると同時に、ぼくは山の頂上で仁王立ちすることになった。眼下には人間なる生き物の不可思議さが広がっていたのである。