京極夏彦デビューノベルがうず高く書店に積み上げられていた時は驚いた。圧倒的な分厚さと読み進めていくにつれて絡み合った糸のように訳が分からなくなっていく展開に時間を忘れて夢中になった。私の頭の中で創造・画像化された文字世界は、仄暗く、妖しく、淫靡ささえ混沌と揺蕩っていて、創造するということは何と果てないものなのかと知らされた。以来、ハマりこんで読み漁った作品達が映像として送り出されるには永い年月が必要だったが、人がイマジネートした文字世界を映像化するには、それを更に昇華させる人間の自由なイマジネートによるアニメーションが最適だろうと思っていた。本作に限らず京極ワールドを視覚化するには、コンピュータやアニメ技術の進歩が原作の持つ創造世界を具現化できる域に到達した今の時代になるまで待たなければならなかったが、それは京極ワールドが時代を先取ったビジュアル要素を含んだ作品達だった証だ。私の地元TV局では放送がないのでDVDが届くのを待って鑑賞するしかないのだが、これからも京極夏彦の作品達がどんどんアニメ化されることを大いに期待すると共に楽しみにしている。“おい、関口君。君が見たというものは、僕が見えてしまったものとは違うぞ。”