米仏留学経験をもち、1981〜85年にシンガポール支局に勤務し、アジア各国を取材した(この経緯についてはあとがき参照)朝日新聞社記者が、1985年に刊行した本を1992年に文庫化したもの。著者はアジア取材を通じて、「魂にふれる」多くの出会いをする。それは枯葉剤被害に今尚苦しむヴェトナム人や、チプコ運動を推進するインド人、輸出加工区の苦汗労働者(児童労働も)や人力輸出の対象者(フィリピン人メイドなど)、紅茶(スリランカ)・油ヤシ(マレーシア)プランテーションの労働者、先進国からの公害輸出に悩む人々、性取引の多国籍化や性的暴行の犠牲者、女性の抑圧差別の問題としての各国の人口政策に振り回される人々、解放の神学に身を投じる聖職者、日本の侵略戦争とその副産物としての人種対立の犠牲者、シンガポール・フィリピン・韓国で開発独裁(しばしば日本政府が後援)を批判する人々、優しいビルマ人、戦後復興にいそしむラオス・カンボジア人、識字学級のネパール人、国際NGOの活動家や開発教育従事者等々との出会いであり、特にたくましく現実と取り組む女性たちとの出会いである。著者はこれらの「多様なアジア」との出会いによって、先進国日本の人間としての自分の生き方を問われ、また南北の情報格差の問題に直面せざるを得なくなったのである。無論、著者の取材対象の不可避的な「偏り」(政府よりは民衆、体制派よりは反体制派、男性よりは女性に重点があり、また短期滞在の限られた経験である点)や、その後の社会変化の問題(開発独裁の歴史的な評価の問題も含む)は考慮しなければならないが、南北格差の構造を具体的な形で、平易な文章で考えさせる本書からは、今後の国際社会を考える上での多くのヒントが得られるだろう。アジアと日本との関係(単純な優劣比較ではなく)を考えたい人には、良い入門書となる本。