僕にとってレニー・トリスターノというピアニストは異国の未だ見ぬミステリアスな存在であり続けた。難解な理論と人を寄せ付けないガチンコの演奏。そもそも少数派のジャズのなかで極端にコマーシャルを嫌うアーティスト、それがトリスターノであり、40年代から前衛であり続けた異端の人なのだ。しかし彼の影響力は一部では絶大で、トリスターノ学派なる、ものものしい追随者を生み出し、パーカーを源泉とするモダンジャズの歴史に中にあって超然とあり続けている。リー・コーニッツ、ビリー・バウアー、ウォーン・マーシュなどを通じてトリスターノの影響力について考える事があったが、なぜかこの神秘的な存在を敢えてよく知るよりも、後々の楽しみに仕舞っておこうという気持ちが強かった。もちろんトリスターノの演奏をFM等でたびたび聴く事もあったが、本格的には10数年前にコーニッツのサブコンシャス・リーを買ったときに聴いた。この難解さ、媚を売らないピアノは好きだ。プロレスで言えばゴチゴチのヨーロッパ流ストロングスタイルのような演奏。そしてついに最近買ったこのCD、完全に参っている。この素晴らしいストロングスタイルはコマーシャルな経済至上主義に毒された社会には一服の清涼剤、いや苦いけど解毒作用のある良薬に違いない。でも、このアルバム案外聴き易いではないか。歌心もある。この前衛精神とハードさを備えた歌心はビル・エバンスにも通ずるのではないだろうか。ジャズ芸術の極北に立つ理念が時代を超えてクールな感動を呼び起こす。