俺は別に数学専攻ではないが数学が必要で毎日数式を弄ぶやうなことをやつてゐる。そのため教科書のやうな書物も含めて数学書はしばしば購入するし、必定かなり読んでゐるはうだと思ふ。だが最近の大学の初年次向けの数学の教科書をみると全く驚く。実にひどいのだ。大学の数学ならまず真つ先に取り上げるはずの基礎概念や方法が理工系向けを自称している教科書であつても全く用ゐられてをらず、書物によつては言及すらされてゐなかつたりする。多少まへ(具体的には約20年ほどまへにならうか)の高等学校の数学の教科書とほとんど変はらない。レベルの面もさうだし、内容でもさうだ。これこそ例のゆとり教育の弊害そのもので、大学生の学力が完全にずたずたになつてゐることの証左であらう。本来大学で扱ふ内容を扱へないのだ。大学の数学教育が成立しなくなつてゐるといふことだらう。俺自身別に大学や高校の数学教育に関与してゐるわけぢやなく、塾や予備校での指導も全然してゐないが、さういふ者でも十分判るほと明確な状態だ。否、大学数学の同じ分野の教科書(たとへば微積分、線形代数、微分方程式など)を時系列的に何冊か(といつても10冊ぐらゐは必要だらうが)比較して読んでみれば蓋し誰でもすぐ判るだらう。それほどなのだ。数学と数学教育がまともにできずいい加減になつてゐるといふことは論理と論理の教育がまともにできずいい加減になつてゐるといふことに他ならない。日本人の論理的な思考力は国際的にもともと劣つてゐたはうだと考へざるを得ないが、かういふ数学教育の低迷も原因となつて最近これが相当加速せられ、ひどくなつてゐるのではないか。これが政治の混乱や外交の脆さ、効果の得られない経済政策、無責任の社会的蔓延、軽薄な芸能や新興宗教の流行など最近のおほくの社会問題の基礎にあるやうに思へてならない。かういふ認識に立つて本書を読むと、教育の意義を改めて考へさせるきつかけが提供せられてゐることを見出せる一方、数学教育の実態とその社会的な問題がさほど深く掘り下げられてゐないことが判るであらう。数学教育の技術的な面にばかり目を向けず、まう少し社会的な問題意識がほしいところだ。