内容紹介
津軽三味線の巨匠高橋竹山は、民衆の唄・津軽の三味線を今日の「津軽三味線」として認知させる扉を開き、現代三味線音楽に高めた。著者佐藤貞樹は竹山と「同行二人」の門付け旅として竹山が巨匠になるまでの三十年を共に歩んだ音楽プロデューサー。この書は著者の生涯をかけた、竹山の人と音楽の真髄に迫る渾身の叙述である。(2000年集英社発行「高橋竹山に聴く」の再版)
★★★ 付録CD 1 津軽よされ節前囃子 (5:35)《1964年4月21日 仙台(塩釜)労音の民謡例会で引退挨拶をする民謡歌手成田雲竹と共に出演。労音の聴衆の前で初めて津軽三味線の独奏を披露し、大きな反響を得た記念すべき幻の録音。》
2 津軽三下り (2:17)《同会場2曲目》
3 渋谷ライブハウス「ジァンジァン」にて、三味線じょんから、三下がり、世去れ、津軽音頭、中じょんから(35:31)《1979年3月23日の渋谷ジァンジァンにおける伝説のライブの前半部分の語りと演奏をノーカット収録。》
4 即興曲《岩木》(10:02)《竹山が長年に渡り手を加え続けた独奏曲。1978年録音》
5 いたこ降ろし おしらさま (6:16)《竹山の妻なよさんによるイタコの祭文。貴重な現地録音》
内容(「BOOK」データベースより)
津軽三味線の巨匠高橋竹山は、民衆の唄・津軽の三味線を今日の「津軽三味線」として認知させる扉を開き現代三味線音楽に高めた。著者佐藤貞樹は竹山の音楽プロデューサーとして「同行二人音づくりの旅」の三十年を共に歩んだ。本書は、その著者が生涯をかけた、竹山の人と音楽の真髄に迫る叙述である。
レビュー
高橋竹山に聴く
…しかし、いま読み返し、聴き返してみて、自分はいったい、竹山からこれまでなにを聞いていたのだろう、おまえにほんとの竹山がわかっていたのか、という内心の声が私を責めはじめた。語られたことばをただ文字に移しただけではなかったのか。 そう思って竹山の声を聴きなおしてみれば、以前聞いたときとずっと違う、深い意味がことばの底から聴こえてくるように思われる。ああ、竹山はこれを言いたかったんだな、と、いまになってそれがわかるようななにかが。
…しかし、いま読み返し、聴き返してみて、自分はいったい、竹山からこれまでなにを聞いていたのだろう、おまえにほんとの竹山がわかっていたのか、という内心の声が私を責めはじめた。語られたことばをただ文字に移しただけではなかったのか。 そう思って竹山の声を聴きなおしてみれば、以前聞いたときとずっと違う、深い意味がことばの底から聴こえてくるように思われる。ああ、竹山はこれを言いたかったんだな、と、いまになってそれがわかるようななにかが。
著者について
1926(昭和元)年-2001(平成13)年 青森市生まれ。 1955年青森芸術鑑賞協会の設立にかかわり1981年まで事務局長として働く。 その間数多くの音楽・演劇などの鑑賞会を開く一方、 1970年代はじめから高橋竹山の三味線を全国に紹介することに力をつくした。 1981年以降はこの仕事に専念、1998年竹山死去まで行を共にした。 著書に『自伝・津軽三味線ひとり旅』の聴き書き、 『おらの三味線いのちの音だ』『高橋竹山に聴く-津軽から世界へ』などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐藤 貞樹
1926年青森市生まれ。1955年青森芸術鑑賞協会の設立にかかわり1981年まで事務局長として働く。その間数多くの音楽・演劇などの鑑賞会を開く一方、1970年代はじめから高橋竹山の三味線を全国に紹介することに力をつくした。1981年以降はその仕事に専念、1998年竹山死去まで行を共にした(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1926年青森市生まれ。1955年青森芸術鑑賞協会の設立にかかわり1981年まで事務局長として働く。その間数多くの音楽・演劇などの鑑賞会を開く一方、1970年代はじめから高橋竹山の三味線を全国に紹介することに力をつくした。1981年以降はその仕事に専念、1998年竹山死去まで行を共にした(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)