敗戦による荒廃からおよそ40年。今や日本では経済成長率の回復は是が非でも成し遂げられなければならない課題として政治の議題に挙げられるようになった。本書が描くのは、そのような「経済成長の神話」、成長への妄執が日本人の心性に深く刻み込まれる「高度成長」の時代である。
政治史的にこの時代を論じる者は一般に、50年代は「政治の季節」、60年代は「経済の季節」としてきれいに分けて描き出そうとする傾向があるように思う。だが、本書は章題こそそのような傾向を踏襲しているものの、第一章「1955年と1960年ー政治の季節」において生産性向上運動や三池争議の敗北といったエピソードを通してこの「政治の季節」においてすでに後の60年代に顕著に現れてくる戦闘的な労働運動衰退の潮流と労使協調路線の萌芽が見出されていることを指摘している。「政治の季節」と「経済の季節」はやはりそうそう明確に分けることはやはりできないということなのであろう。この点、経済史の分野に属する研究者による通史ならではというべきであるように感じる。
第二章「投資競争と技術革新ー経済の季節」も興味深い。外貨不足という制約の中、日本政府はどのような経済計画を策定し、経済の自立と成長を模索していったのか。経済史に馴染みの無い者にもわかりやすく叙述されており、勉強になる。
ただ、一つ不満を挙げるならば高度成長と社会の関係についての議論が希薄な点である。もう少し大衆消費社会の成立が日本人のメンタリティにどのような影響をもたらしたのかといった論点についてもっと議論を深めて欲しかった。この点は紙幅の制約もあるのだろうが、参考文献一覧を見ても高度成長の社会史というテーマはやはりまだまだ研究の蓄積が少ないようにも感じられる。その点、今後の研究に期待したい。