私もようやく森村誠一氏が長編推理小説の新鋭としてデビューした作品を読む機会に恵まれた。しかし、読み終えてどっと「疲労感」を覚えた。読み進めると中断できないことは事前に分かっていたが、本書はとにかく犯人が仕掛けた多くのアリバイトリックを暴くことに主眼があり、刑事が1つのトリックを解明してもまた次のトリックが浮上するというシナリオになっており、とにかくある意味で、真っ向から「格闘」しなければならないのである。それは担当刑事の次のような発言からも明らかだ。(刑事の)「小林はうんざりした表情を隠さなかった。この犯人のバリケードは全く無限のような感がしたのである」(278頁)。失礼ながら、私もこうした感想をもった一人である。そしてできればタイトルにある「高層」という言葉通りのアリバイトリックで最後を締めくくってほしかった(最後のアリバイはホテルにおけるチェックインの時間帯の適合性に関するものだから)。しかし考えてみると、作者自身がこうした構想を考え付いたことに敬意を払わざるを得ないし、更に「解説」を読んでみて、作者が本書をわずか一ヶ月足らずで執筆したことに驚嘆しないわけにはいかない。刊行年は私が生まれる前の1969年であるが、今読んでも全く違和感がない。それどころか、かえって新鮮味があるような気さえするのである。資本主義社会における熾烈な企業間競争(本書ではホテル競争)や犯罪の国際化・広域化の様相などは、現在のグローバル経済に見事にマッチしているからだ。高層ホテルや国際線に絡めた幾重もの厳戒なアリバイもなかなか崩れないゆえの疲労感ではあったが、それはまた十分な高揚感や緊張感を伴っての疲労感に他ならない。それだけ本書は読み応えがあるだけでなく、作者の全身全霊が注入されたまさに「運命の作品」(著者自身の言葉)だったわけである。本書を読めばそれが十分に実感できると断言しておきたい。