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高く手を振る日
 
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高く手を振る日 [単行本]

黒井 千次
5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (6件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

人生の行き止りを意識するようになった浩平は、雪の日に一度だけ接吻を交わしたことのある学生時代のゼミ仲間・重子と再会する。彼女に勧められ、携帯電話を初めて手にした浩平は、掌の中の重子と密かに交信を始め、しだいに想いを秘めたメールのやりとりにのめりこんでいく…。70歳を越えた男と女の純愛小説。

登録情報

  • 単行本: 136ページ
  • 出版社: 新潮社 (2010/03)
  • ISBN-10: 4103272090
  • ISBN-13: 978-4103272090
  • 発売日: 2010/03
  • 商品の寸法: 19.4 x 13 x 2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (6件のカスタマーレビュー)
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27 人中、26人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By hiroshi VINE™ メンバー
形式:単行本
「春の道標」で黒井千次氏と出会った。
終戦から幾年もたたない混乱の時代を背景に、高校生の痛切な恋愛をみずみずしい文章で描いた「春の道標」に私は心奪われ、幾度も読み返した。主人公・明史のヒリヒリとした恋の苦悩に共感したのである。以来、30年近く「春の道標」は私の大切な一冊として書棚の片隅で保管されてきた。

その黒井千次氏が「高く手を振る日」を発表された。私がかって感銘を受けた著者の作品、しかも「老人の恋を主題とした小説」とのことで大いに期待して本書を手にしたが、一読して期待を裏切らぬ上質の出来栄えに感嘆した。巧みな構成、抑制された筆づかい、情景が浮かぶ的確な描写、リアリティのある台詞、まさしくプロの熟達の仕事であった。もっとも、小説技巧への賞賛は新人作家に対しては適切であっても、すでに十分過ぎる実績を積み重ねられた黒井千次氏に対しては「失礼」のそしりを免れまい。

私が感嘆したのは、「人生の行き止まり」を意識し始めた主人公・浩平がかって心動かされたことのある重子と再会し、「新しい道があるかもしれない」と胸を熱くし、やがて訪れた別れを受け入れるまでの彼の心理の移ろいを鮮やかに描き出したことにある。歳を重ねても男と女が惹かれあうのは自然なことなのだ。黒井千次氏がこの作品に込めたメッセージは明快であり、「老い」が視界に入りつつある私を深いところで励ましてくれた。

浩平が重子への思慕に焦燥する姿には「春の道標」での明史の棗への態度との共通点が認められ、二人には作者自身の体験が投影されているように感じた。つまり「高く手を振る日」は、黒井氏が極められた文学的成熟であるとともに、「春の道標」「黄金の樹」に続く氏の私小説的な作品であろうと、私は理解したのである。
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12 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
人生の最晩年を生きる男女の恋愛を、1行の無駄も無い文章で淡々と描く。
三人称だが、男の側の一人称のような三人称である。

大学時代に1度だけ戯れに接吻(ああ、この言葉がぴったり!)したことのある男女が、
それぞれ伴侶を失い、70代になってふとしたことがきっかけで会うようになる。
三度目の逢瀬で50年ぶりに唇を合わせるが、女は地方の老人ホームへ入る決意であることを
男に告げ、恐らくこれが最後の逢瀬という覚悟で別れる。

男にとって女は、心の奥底に微熱を抱えるようにして思い続けてきた相手であるが、
女の方はもしかしたら、最後の閃光のような生の充実を求めていたのかもしれない。
やもめ暮らしは男より女の方が永く、一過性の恋愛を女は何度か経験しているのかもしれない。

読者の年代によって、この小説から受ける感動は大きく違ってくるだろう。
押並べて、この小説の男女の年齢に近ければ近いほど、読後の感動は大きいかと思う。
私はといえば、おおよそこの男女の子の世代。だからつい、これが自分の親だったらと、
現実的な対応策を考えながら、文芸作品を味わうにしては随分と忙しない読み方をしてしまった。
老人ホームに入ることが、まるで娑婆と隔絶してしまう刑務所暮らしのような印象で描かれているような
気がして、なんで? と反発を感じたかと思えば、好きあってるなら、子供が出来る心配もないし籍がそのままなら相続問題も起こらないんだから、いっしょに暮らしちゃえばいいじゃない、なんて考えてしまう。世間体なんて超越して好きにやればいいのに。二人の年金を合わせて一つ屋根の下に暮らせば、買い物や家事をしてくれるパートの家政婦さん、雇えるよ、きっと。そうして数年楽しんで、入りたくなったらホームに行けばいいじゃない。それとも男の方が家もなにも処分して、女と同じホームへ入所するか。

なーんていろいろ考えてしまう。
その一方で、熟達した筆による完成度の高い小説世界の中を流れる時間、淀み逆流し、また不確かな未来の薄闇へ向けてひっそり流れ始める、小説の時間に、魅了される。
2方向へ割かれてしまって、なんとも言えない気分です。
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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本|Amazonが確認した購入
 教科書的な象徴小説である。象徴となるものはもちろんブドウの小枝。ブドウの枝は「秋」のアレゴリーであるが、物語はそれが意味する「稔り」と「終り」の両義性を最後まで保持しつつ展開する。さらにメタファーとして蔦の絡まる様を「複雑な関係」と捉えることも出来る。あろうことか、登場人物の名も、<花>村芳<枝>、稲<垣><重>子、<棚>田、佐<竹>とブドウ棚を思わせる作りになっている。
 ストーリーは70代半ばの寡夫嶺村浩平が、春、散歩の途中に近所の葡萄棚の剪定で道に落ちていた小枝を拾って戯れにコップに漬けるところから始まり、庭に移植した小枝の葉が晩秋に枯れ落ちる場面で終わる。その間に重子との再会と別れが組み込まれる。日常/非日常、些末なこと/重大なこと、の二項対立は面白いが、意図が表に出過ぎ、意地悪く観れば、小説教室で素人が褒められる程度の作法に過ぎないとも言える。
 老人の純愛と読まれているようだが、人生の経験が重く絡みついている点で老年期は思春期とは違う。両人の再会のプロットは、a)トランクを整理しようとして重子の古い写真を見つけ、b)棚田の葬儀で50年ぶりにあった重子を思い出し、c)学生の頃に一度交わした接吻を回顧する。 d)日本橋高島屋で重子を見かけ、E)娘の希美の話で同窓会名簿の住所を確認、f)希美から電話番号を聞くが先ず葉書を出す、と手が込んでいるが、主人公(ここでは限りなく一人称に近い三人称の語り手)は明らかに嘘をついている。
 浩平は棚田の葬儀で佐竹が重子を親しげに呼んだことで、嫉妬を伴う情炎がにわかに湧き出す。ジラールの「三角形的欲望」の概念がそっくり当てはまる作りだ。従ってトランクを開けたのはそこにある彼女の写真を見たかったためだし、亡き妻芳枝の親友なのだから、当然重子の婚姻名も記憶しており、住所電話番号も確認しているはずだ。浩平がここまで気持ちを隠す原因は、亡妻芳枝とその代理人希美に対する罪悪感が強く働いているためと読める。この「複雑な関係」の一端は娘に知られることでいくぶん解除される。
 「複雑な関係」の大部は重子が負っている。重子は浩平が慕うと同じほど彼に心を寄せているのだろうか。純情な浩平と比べ重子は奔放である。結婚2日前に他の男と寝たり、夫が亡くなった後も長くヨーロッパに滞在していたり、出版という派手な業界に首を突っ込んでいるし、佐竹との関係もありそうだ。浩平との一度きりの接吻は、様々な男遍歴の中でのほんの軽い接触に過ぎないのだろう。浩平が独りよがりの「恋慕」から、一途に燃えてくるので戸惑っている様子が透けてみえる。
 しかしその二人に公平に襲ってくる「晩年」がある。人生の「行き止まり」を予測して身辺整理を始めた公平が、重子との再会でそこを乗り越えられそうな期待を持った時、「生きている途中で終わりが来る」生き方をしているはずの重子が八ヶ岳の有料老人ホームに入所するという「行き止まり」を選んでしまう。彼女にとって浩平との生活は頭から選択肢にない。「茶飲み友だちと言う言葉は嫌い」だと二人は一致するが、浩平の痩せ我慢が見える。男のロマンティシズムに対する女のリアリズムの対比は秀逸である。
 重ねて言うがこれは老人のプラトニックラブではない。別れの日、浩平が実際には重子に向かって「高く手を振」れなかったことが示唆するように、これは人生最後のリアリティーなのである。
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