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商品の説明
内容紹介
〈第I巻の表題となった「生のものと火にかけたもの」の対立は料理の不在と存在との対立であった。第II巻では、われわれは料理の存在を想定したうえでその周辺を探索した。すなわち料理の手前にある蜜と、料理の向こう側に位置するタバコに関する慣習と信仰である。同じ方向にしたがいつつ、この第III巻では料理の輪郭をたどった。すなわち料理の自然の側に位置する消化と、文化の側に位置する調理法から食卓作法までの広がりとである。・・・・・・食卓作法について言えば、それは調理の仕方に上乗せされた摂取の作法であり、ある意味では二乗された文化的加工とも見なすことができる。〉(本書542ページ)
第I巻のボロロ「鳥の巣あさり」に呼応して、この巻の基準神話に選ばれるのは、アマゾン川源流近くに住むトゥクナ族の、狩人モンマネキの神話である。主人公がカエルや鳥やミミズやインコと結婚しては別れ、際限なく続くかともみえるその物語は、次々に挿話が付加される通俗連載小説に似ていながら、なお明確な感覚的特性の対比によって組み立てられる神話の構造を保持している。神話の構造はどのように劣化し、系列の継起する「歴史」に変容するのか。カヌーに乗って旅する月と太陽の神話とともに舞台は北アメリカに移動し、不均衡とリズム、周期性へと探求は進む。南北アメリカのインディアンの人々が自分たちの生きるこの世界を理解するための、思考の枠組みとしての神話に、いかなるモラルが内在するか。結びの章のペシミスティックな言明を、20世紀後半の激変を知る現代に、いかに読むことができるだろうか。
内容(「BOOK」データベースより)
料理の自然の側に位置する消化と、文化の側に位置する調理法と食卓作法との、三位一体の理論を分節する神話群。リズムと周期性、そして神話に内在する野生の思考のモラル。シリーズ中の白眉。
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形式:単行本
神話論理の第三巻。いずれの巻もものすごい厚さなのでビビるのが人情だが、実はほとんどは細かい神話の細部をあれこれ追っているだけなので、アメリカ先住民神話によほど関心がなければ細かく読むだけ無駄。そしてその細かい分析は、著者のテーゼ理解にほとんど役に立たない。
本シリーズの結論は、もう第一巻で出ている。人は自然の一部でありながら、自然とは一線を画す存在だ。それを区別するのが文化だ。料理は自然を人間化する文化的行為なので、神話において非常に重要な役割を果たす。だから神話の中で生のもの、火を通したもの、腐ったものという対比が随所に登場し、食物の中身が変わってもそうした関係が(構造的に)維持される。それが第一巻。
さて第三巻では、この関係を拡大しようとするんだが、生のモノは串焼きに近く、火にかけたものは燻製に近く、腐ったモノは煮たものに近い……でもそれは、あらゆるレベルでこのモデルにしたがうわけではなくて一例にすぎず云々となると、そこで言われている構造って何?
本巻の主眼は、喰うときのお作法だ。カエルを嫁にしたが、人間みたいに音をたてて礼儀正しく喰えませんでした、といった神話がたくさんある。そういうお作法を守るのも、人間と自然とを分ける重要なポイントだからだ。そしてそれは、モノを作る/作らないという区別にもつながる。が、その細かい論証は、きわめて不自然。p.379-397では神話の数字へのこだわりを述べ、いろんなところで5や10が重要な数になっていると述べてそれをあれこれ文化的に理屈付けしてみせる。でもそれって、単に指の数の反映じゃないの? でも著者はそういう当然の発想をせずにあーだこーだ。
そして裏表紙などで仰々しく言われている「結びの章のペシミスティックな言明」とは、昔の人たちはタブーを犯すと世界が乱れると言ってそれを戒めたから世界への配慮があったけれど、現代世界は世界が自分を乱すことばかり心配していて、自分を世界より先に考えてけしからん、というだけの話。それはそういう文化的なテツガクよりも、文化の背景にある技術能力の差ではないの? しかも、それは本書のそれまでの議論とはあまり関係ない思いつきのような付け足し。
ホント、最初と最後を読んで、途中は各章の冒頭の神話だけ流し読みしておけばいいのでは? それすらする価値があるかは不明だが。ちなみに、これが次の巻で一気にまとまって見事な世界が展開する……ようなことはまったくありません。次の巻はさらに混乱してひどくなります。
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