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食卓のない家 (新潮文庫)
  

食卓のない家 (新潮文庫) [文庫]

円地 文子
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

『連合赤軍事件』に想を得た70年代日本の「家族の肖像」。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

内容(「MARC」データベースより)

リンチ殺人事件を起こした連合赤軍のひとりを息子に持つ父親を主人公に、家族の絆とは何かを問う。「女坂」をはじめとして女性を取り上げることの多かった著者が、男性の生き方を描いた異色の作品。再刊。〈ソフトカバー〉 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

登録情報

  • 文庫: 532ページ
  • 出版社: 新潮社 (1982/04)
  • ISBN-10: 4101127131
  • ISBN-13: 978-4101127132
  • 発売日: 1982/04
  • 商品の寸法: 15.2 x 11.6 x 1 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 268,766位 (本のベストセラーを見る)
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9 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 白頭
形式:文庫
過激派に身を投じてリンチ殺人に関与し逮捕された長男。
自立じた個人という観念から長男との関係を規定し、親としての謝罪も
援助もかたくなに拒否する父親。そんな夫を非難し精神に異常をきたす
母親。事件により結婚が破談になった妹。我関せずとシラケる弟。
登場人物の造形はまぎれもなく戦後日本を象徴する或る型を純化したも
のだ。とりわけ父親信之が貫く「自己責任」の態度は、丸山真男が近代
的個人として想定した独立した個(国民)のあり方を純化・肉化した造
形として考えることもできる。それが、今尚本作品を読むに値するもの
としている。実際には現在でさえ選びがたい、極めて理念的な父子関係
が設定されている一方で、父親と長男とに共通して流れる紀州の旧家の
「血脈」が土着的なもののの象徴として描かれてもいる。それが物語に
独特の民俗的風合いを醸している。
子供を持つにあたって常に頭のどこかで気にかかるものとなることは
間違いない作品である。文庫でさえ入手し難い現状だが、一読を薦める。
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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By hiraku トップ1000レビュアー
形式:文庫|Amazonが確認した購入
円地文子の「食卓のない家」を読了。連合赤軍あたりの時代背景の下、その過激派集団に所属し、リンチ殺人、立てこもり事件を起こした加害者家族の物語。成人した子供の人生には親は責任を持つ必要がない、という信念の元、逮捕されている息子の面会もせず、息子とは縁を切り、職も辞することなく生きてきた主人公を中心に加害者家族達の生活を描く作品。個人的にこの時代に非常に興味があり本作を手に取った。
主人公の考えはその通りだと思うが、今の日本の現状は本作が書かれた時代(1979年)と変わらず、それを許さない。個人主義な風潮が蔓延しているが、本当の個人主義は排除される。1人の加害者は一族郎党までその責任を問われる。誰に?マスコミをはじめとする世間に対してである。主人公の主張はそのとおりであるが、それを貫くことは難しい。作中にあるとおり、まるで矢の突き刺さったライオンである。その矢が刺さっても耐えることの出来る主人公や、その矢をスルリと潜り抜ける次男ならよいが、まともに受けると身が持たない人間が多い。でも本質はいくら子供が犯罪をおかしても、その子供が成人していれば、その親が責任を取ることはないと思う。でも世間は標的を探している。
表題である「食卓」は現在存在しているのあろうか。食卓のない家庭が多いのではないか。家族が離散し個人主義的に動いても心の底ではつながっていることを暗示しているのが食卓である。個人主義のよりどころである。本作でもこの家庭には様々な人が訪れる。そして食卓に座る。絵まで持ってくる。つまり開かれた場が食卓なのである。
でも、現在本作は入手するのも困難な状況である。日本社会は本作が描かれた時代とあまり変わっていない。だからこそ、多くの人に読んでもらう必要があるのではないか。
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By TK
形式:文庫
柄谷行人「倫理21」の中で言及されていたので読んだ。
70年代の連合赤軍が起こした一連の事件をモチーフにしている。八ヶ岳山荘事件(あさま山荘事件がモチーフ)に関連したリンチによる殺人罪(幇助)に問われた息子を持つ父親を主軸に展開される。

どうもこの手の小説を読むと気が立って仕方ない。そもそもの小説が三人称視点だし、神の視点で俯瞰してるわけだから抱く感情なのかもしれないが、加害者家族とそれに対するマスコミを始めとする大衆感情のようなものには辟易する。
この父親は、そういった日本の家族観を背景とした批判に取り合わず、成人した子の行動に責任は取れないとして謝罪も会社を辞めることもしなかった。
この父親の言動は全くといっていいほど異論はないが、恐ろしいのはこれが執筆されたのは昭和54年、1979年だということで、このころから未だに何も変わっていないということだ。
作中で川辺という弁護士が、戦後二十年も経ち新憲法が制定されたところで、先進国の中で未だに家族間の血縁的ないざこざ(嫁姑問題等)は絶えない現実を指し「いくら法律が変わったって民族的な習慣はなかなか変わらないという事だよ。」と言う。
なるほどその通りかもしれないが、いささか悲しく思う。いったいこのころの読者は今何をやってるんだ。

そして、このような価値観の不変以外にも変わらないものがある。「若者観」だ。
「(発話者の部下等を指し)彼らの多くが平穏無事の生活に慣れて無気力になり、能力の有無に拘らず、社会はその中に泳いでさえいれば自分たちを生かしてくれるものだと信じているようなのが不満であった。」とある。もちろんフィクションではあるので、誰か具体的な人間がこのように述べたという事実は無いが、一つの「空気」としてこういう感想は持たれていたのだろう。ここで指されてる若い人達というのは、当該発話者を含めた登場人物の多くが1970年代前半で50代に差し掛かる人であることを考えると、彼らは昭和一桁や大正の生まれで、若い人らというのは所謂「団塊の世代」(全共闘世代)を指しているのだろう。(wikipediaとにらめっこして計算していたのですが間違ってたら指摘してください)

「なんちゃら文明の遺跡に「最近の若者は〜」という文言がある」という話はどうでもいい。しかし、石原慎太郎がアプレゲールとか揶揄されていたように、それぞれの世代がそれぞれの先代によって不当な扱いを受けてきたのではなかったのか。にも関わらず、そういう想像力が欠け、いつか自分がそのような圧力をかける側に回るという意識のない人間が多すぎる。何千年前の話をしてるのではなく、数十年前の話である。例えばこの本で描かれているような若者描写に「ちっ」と思ったような人間は、今どのように若者を見ているのだろうか。読んでてそっちの怒りも沸々と湧いてきてしまった。

ともかく
・加害者家族に対する集団いじめの不変性
・若者観の不変性
がしみじみとわかったのでよかったのと、ちょっとした時代の空気なるものに触れられた気がしたのがよかった。

ご一緒に石田衣良の「うつくしい子ども」もオススメしたい。こちらは酒鬼薔薇事件を題材にした作品である。うつくしい子ども (文春文庫)
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