以前に、偶然「食べる。」の平松洋子さんの書評を見つけて以来、ずっと読んでみたいと思っていた。
やっと昨日時間が出来たので読み始めたら、一気に読んでしまった。一気に食べきった!気分。
今、世界中のどこにでも行けるし、日本国内ですら食べられない世界の料理はないと思えるほど、どんな料理も口にすることができる時代だ。だから、珍味の紹介本なら新しくも何ともない。この本の中にも珍しい料理はたくさんでてくるが、「食べる。」は、世界中の珍しい料理を紹介しているのではないことが、読み進めるうちにわかってくる。
事前のアポも、メールも電話も、自己紹介すらもない。そんな突然あらわれた1人の異国の人間が、「食べながら」全く見ず知らずのコミュニティ―の中に迎え入れられていく。その光景は、一切の無駄なものを削ぎ落とした、究極のコミュニケーション手段であるかのようだ。
あくまでも媒体としての食、いや、媒体としているのは料理そのものではなく、著者の食べる、という行為である。異国で、異人として…
いや、そうではない。日本で、たとえば家族や友人と日本食を囲むときだって、食べることは人と繋がる手段であるはずなのだ。そのことを、もう何年も忘れてきたような気がする。
この人の食べ方は、野性的で、情熱的で、そして、本気で食べることで、相手に敬意をもって確かな何かを伝えるのだ。
久々に出会った珠玉のエッセイ、静かに読みたい逸品である。