月照の最期と西郷隆盛の覚悟、吉田松陰の暴走、幕府と朝廷との心理戦。3つの話題を順に描いた17巻である。おおむね年に2回の発刊なので前の話を覚えておいて読むことは難しい。前々から、一度最初から読み直してみたいと思っているけれど、仕事があり、他に読む本がたくさんあることからも、それはしばらく叶いそうもない。
時機を待つことを不純と看做す松陰の思想について。日本人には「負けを承知で戦いに挑み玉砕する」ことを尊ぶ風があるように思う。義のための戦いと容易に正当化できる場合には尚更であり、その死を名誉と考える。しかし情勢も読まずに猪突した結果の死は客観的には犬死である。「命を投げ出す」覚悟とは何か、という高杉晋作の問いに対する松陰の答えは、彼自身の行動と矛盾してはいないか(p.181)。最も有効に命を投げ出してこそ忠義に叶うのではないか。戦いである以上、相手に勝つためには万策を尽くすべきである。日本人は赤誠を美徳とするが、時機を待つことを恥ずべきではない。こういう民族がファシズムの幻惑に惑わされやすいのではないか。先の戦争では、正に松陰のメンタリティが機能していたのではなかったか。
尊王と佐幕、開国と攘夷。いずれも対立概念のように言われる。しかし前者は必ずしも対立しない。また尊王と攘夷とが結びつく必然性は乏しい。なぜ尊王と佐幕とが激しく対立し、また、尊王と攘夷とが結びついたのか、なぜできもしない攘夷に朝廷が固執したのか。いずれも私には疑問であったが、本巻を読んである程度納得する。これらは政治のカードであったのだ。