井伊直弼の権力掌握、島津斉彬の大望と挫折を描いた第15巻。14巻ですっかり立ち直った感のあるこの大河ドラマは、本巻でも幕末の人間模様を柔軟に、見事に描き出している。歴史上の人物に固有の人格を与えるとしばしば危険な偏見を生むものであるが、この作品はギャグまんがであるがゆえに、読者はそれぞれの重要人物を、一定の距離を置いて眺めることができる。それでいて言うべきことは誠実にきちんと言われているから、この作品は素晴らしいのだと思う。
そしてこんなことを考えた。
幕末のこの時代は、日本の歴史が始まって以来初めて、(武士とはいっても)民衆レベルに近い人々が、しかも十分な準備期間もなく、突然国を動かす力をもった時代である。この時代の熱狂は、大義を語り国を動かす興奮を初めて知った人々が、その魔力に酔った時代であったと言えるだろう。その点では安保闘争や学園紛争と同じである。但しこれら昭和の動乱は、徒手空拳の民衆・学生たちが主役であり、中央政体も盤石であったために、結局はプロの政治家に破れる運命にあった。一方この時代の主役は、身分は低くとも武士(エリート)であり、後ろ盾に高位の政治家も居て、自らの衝動を思想化・組織化することができた。遡及的に見るなら、これがこの時代、歴史の歯車を回すことに成功した最大の原因であったと思う。たとえば、西郷隆盛が現代に生まれていても、英傑としての人生を送ることができたかどうかはきわめて疑わしい、と私は思うのだ(水木しげるの「大人物」という短編を読まれたい)。政治家が勇ましい(無思慮な)発言で国民の支持を集め、マスコミや支持者からこうした動乱の時代の英傑になぞらえられて悦に入っている例をちらほらと見かけるけれど、実に笑止なことである。