大坂の陣を目前にして、江戸方と大坂方とが一触即発の危機にある不穏な時代。主人公は伊賀の霧隠才蔵、そしてライバルの甲賀の猿飛佐助。まさに真田十勇士の世界である。後年の司馬史観に縛られた時代小説と比べると、設定も内容も自由闊達である。その象徴が才蔵であり、忠義者の佐助と好対照に描かれる。集団主義の甲賀、個人主義の伊賀と言う色分けも面白い。才蔵は技術は売っても己は売らぬ、独立独歩の男である。
だが、才蔵・佐助の組み合わせから、華麗な忍術合戦を期待すると上巻では裏切られる。作者は、幸村との主従関係を絡めて、風雲児たる才蔵の"人となり"を描く意図のようである。そのせいか、忍者小説としてはテンポが悪く、中盤、幸村が登場するまでは退屈である。大坂方の参謀大野治長の妹の隠岐殿、藤原家の姫青子、隠岐殿の侍女お国、そして甲賀の名家の息女小岩と女にモテまくる才蔵だが、色模様は物語のサスペンス性を盛り下げると言う原則が分かっていない。「女には惚れても男には惚れるな」と言う戒めを破って、幸村の器量に惚れる才蔵だが、幸村に対する書き込みが足らないため、孤高の才蔵が幸村に惚れ込んだ理由が判然としない。それでも、元々幸村の配下にあった佐助と組んで才蔵が江戸方に一泡吹かせようと決意する事で、これ以降の展開に期待を持たせる。上巻は、才蔵・佐助のコンビに三好晴海入道が加わって、家康暗殺のため駿府に向かうまで。
山田風太郎先生の忍者小説の面白さとは比べるべくもないが、書きたい対象が異なるのだろう。才蔵を中心として、時代の空気が描きたかったのかもしれない。そうは言っても、下巻では大坂の陣での合戦シーンがある筈である。幸村の才智、才蔵・佐助コンビの活躍に期待したい。