本書では新書というスペースの中に、オーソドックスな風水とはどのようなものなのかが最大限に詰め込まれている。そしてオーソドックスな風水の典拠として「地理人子須知」を採用している。「地理人子須知」は明の時代に完成したテキストで、著者は陽明学を学んだこともある知識人の徐兄弟である。地理もかっては狭義の地理学と地理による占いのアマルガムであった。つまり「地理人子須知」の地理は風水を意味している。また「地理人子須知」は埋葬について書かれたものなので、当然のように陰宅風水が中心になっている。
新書という狭いスペースの中で、第一講の「風水とはなにか」に28ページもの分量が割かれているのは、日本における「風水」という用語の乱用を考えると仕方がないことだろう。第一講を読めば風水という言葉が本来持っていた意味、現代における風水という言葉の使用状況を理解することができる。
「風水講義」は今のところ風水を風水たらしめている地形の吉凶を論じる巒頭の見方を概観するには最適の書籍といっていいだろう。個人的には「風水講義」を読まずに風水を語ること禁止、といいたいところだ。確かに風水の二本柱である巒頭と理気の、理気についての解説が「風水講義」ではカットされている。しかし巒頭を無視したような風水が横行している日本では、「風水講義」のような書籍は絶対に必要な書籍である。風水について語りたいなら、幸せになれなくても「風水講義」を一読すべきだろう。