本作品は東三河・田峯菅沼氏の分家である野田菅沼氏三代(定則・定村・定盈)に及ぶ物語が全六巻に渡って描かれる長編歴史小説です。
野田菅沼氏が歴史の表舞台で一躍脚光を浴びるのは三代目定盈の時、秋山信友の信濃南下を阻止した「竹広の戦い」、三方ヶ原戦勝後の信玄軍3万弱に対し400余りの手勢で西上作戦を頓挫させるに至った「野田城の戦い」の武名に因るものですが、本作品では二代前の初代・定則の時代から物語は始まります。
応仁・文明の乱を経て、戦国時代に突入した三河国では松平氏が台頭、不世出の天才・清康の代で三河国統一を成し遂げます。清康が「森山崩れ」で暗殺された後の三河国は松平宗家・分家の家督争奪や諸豪族の離反、隣国からの圧力(織田信秀、今川義元)等によって再び動乱期を迎えることになるのですが、本作品においては、松平氏がこの苦難の時期を隠忍・雌伏することを可能にした要因の一つに「三河武士としての矜持」が挙げられています。
清康の祖父・長親が約500の兵力で今川氏親・北条早雲連合軍1万を野戦で撃破したとされる戦いに象徴される三河武士の精神は「二倍、三倍の相手にも籠城しない、策は弄さない、ひたすら前進あるのみ」と蛮勇さに情義が付加されたものを規範としていましたが、世代を経るに従って変容しつつも脈々と受け継がれ、後の徳川幕府の「武士の忠節」の概念形成の一端にしっかりと根付いていた様にも思えます。
野田菅沼氏も諸豪族の例に漏れず、家康の父・広忠の時代は今川氏に従属していましたが、家康の台頭により定盈の代からは徳川家臣・酒井忠次の寄子衆として、一際三河武士の精彩を放つ家系として描かれていきます。
野田家臣・鳥居三左衛門の「信玄狙撃伝説」も定盈が如何に信玄を苦戦させたかという一事を象徴するものとして、作品に取り入れられています。
本作品は三河のみならず尾張・遠江・駿河等列国の歴史をも総覧出来るものに成っています。個人的には織田信秀、太原雪斎の人物描写には深い感銘を受けました。戦国時代を扱った作品の中でも稀な人物ばかり採り上げた作品だと思いますので、この時代の作品を読み慣れた方にこそお勧めしたい作品です。