建築家は思索家であり、文筆家であることが多く、世界の建築界のトップランナーたちの多くは「書くこと」
「文章をメディアに発表すること」に対して非常に意識的で積極的だ
(丹下健三のように、89歳になるまでまとまった作品集を作らなかった人もいる)。
だから建築関連には多くの優れた書物が存在する(磯崎新のように思索と文章があまりに先鋭的に卓越して、
実作を凌駕してしまう場合すらあるが)。
それらの中で、この伊東豊雄氏の建築論文集はもっとも素晴らしいものの一冊だ。
丁寧で誠実な思索の跡が、明快で分りやすい文章でたどられていく。
時間軸を追って展開される文章を読み進めていくと、1人の建築家がどのように建築と格闘し、
実制作の中で思索を表現し、社会と対峙し、自己と向き合い、前に進んでいくかが感じられる。
それは一種、感動的ですらある(伊東氏の現在の世界的な名声や活躍を知ってみるとなおさらだ)。
本は、タイトル、目次と進み、最初の文章はこんな風に綴られている。
「南青山の小さなビルの四階に1級建築士事務所を設けたのは三月の半ばである。設計事務所を設けたと言っても、
菊竹事務所を辞めてから二年間の浪人時代と暮らしが何か変わったわけではなかった。
二、三ヶ月先までしか仕事のメドが立たない状態はその後十年以上も続いたのだから、
今想えばどうやってニ、三人のスタッフとやってこられたのか不思議な位である」。
この文章の中にすでに伊東氏の文章に対する姿勢や、その魅力が十分に表れている。
いってみれば、「建築思索私小説」的な趣がある。私小説的というのは、彼の文章の中にそうした記述が
散見されることもあるが、彼が建築設計作業に入る時に、自分の底の底までダイブすることを恐れず、
最深部で確かな手応えをつかむことから建築を出発させ、その作業を常に手放さないことから来る。
そこがまた彼の文章を読み、彼の建築実作を体験する時の大きな楽しみになっている。