これを初めて観たのはいつのことだろうか?
当時、小学生かそこらだった自分は、テレビで偶然やっていたこれを観て
老夫婦の最期が心に焼きつき、トラウマとして残っていた。
はだしのゲンも同時期に観ただろうか?
しかし、心に鮮烈に焼き付いてしまったのは、こちらのほうだった。
子供心に、「二度と観たくない」と思った。それぐらい怖かったのだ。
やがてそのトラウマが、成長するに従って興味へと変化していく。
「子供のころ見た怖かったアレは、実際はどうなのだろう?」
大人の視点でじっくり観たいと思っていた。
はたして子供の頃と、同じ恐怖がそこにはあった。
しかし、当時は「死」に対して恐怖を感じていたのが、改めて観たらそれとは別の恐怖も内包していることに気付いた。
なんでもない日常が、核兵器という非日常によって破壊され
何よりも、主人公本人がそれを自覚しないまま、日常を送りながら死んでいく。
政府の出した指示通り、老夫婦はシェルターを作っていく。
自分たち観客はすでに知識を持っている。
核兵器の恐怖は、その破壊力だけではないことを知っている。放射能、黒い雨。
それを知っているからこそ、何も知らない老夫婦の行動に「違う!」と叫びたくなる。
日常に挟まれている老夫婦の行動が、淡々と進んでいくのだが・・・その行動があまりに的外れなため、画面からは緊張感が常に放たれている。
これは、恐怖映画だ、と思った。
自分の中では、これは「戦争映画」でも「反核映画」でもどちらでもない。
戦争と核という舞台装置を使って、これ以上ない取り返しの付かない恐怖が静かに語られていく。
老夫婦は繰り返し言う。
「明日になったら〜を買ってこよう」
「明日になったら〜をしよう」
日常を破壊されたことを知らず、日常を送る老夫婦は
それを何一つ果たせないまま、また明日も目覚めることを当然に思いながら死んでいく。
夫婦が所々で話す、経験、またはメディアから得た知識は、何一つ役に立たないまま終わっていく。
どんな後味の悪い恐怖映画も、生半可には太刀打ちできない恐怖がある。
異論もあるだろう、しかし自分には、これは紛れもなく恐怖映画なのである。
今回購入したDVDには、オリジナル音声と字幕、予告も入っており
また違った「風が吹くとき」を楽しむことが出来た。
作品としては星5つだし、文句無い。
しかし、DVDの仕様として難点がひとつ。
再生はじめに、CMが流れるのだが、これをスキップできない。
再生のたびにCMを観るか、早送りするしか対処のしようが無いので非常に面倒くさい。
観てもらいたいからこそのCMなのだろうが、これは嫌になった。
毎度初めにアレを見るとなると、若干気が滅入るので星をひとつ減らし、この評価です。