団塊の世代の方々にとっての杉田二郎氏は、やはり“ジローズ”名義の「戦争を知らない子供たち(1971)」であろう。 北山修氏の詩によって戦後生まれのアイデンティティを確立させた大ヒット曲で、今なお彼を語る上で切り離せない歌ではある。 (悪く言えばこの歌しか歌わせてくれないTV番組が多いのも事実だ)
が、自分にとって彼を知るきっかけはNHK-FMの番組「ひるの歌謡曲」での特集であり、1975年リリースのこの作品から東芝EMIでの最後のアルバム『ブライト』(1984)までが僕にとっての“フェイバリットシンガー杉田二郎”である。
フォークロックの代表作「男どうし」(イントロが某洋楽曲を思わせるがここではどうでもいい)、ホンキートンク&デキシーランド風アレンジにウクレレがからむ「ブルーの毛布とビキニのご婦人」、おのぼりさん状態で外国を団体旅行する人々を描写する「俺たち日本人」(当時ロンドンで留学していた北山氏にとっては滑稽ながらも愛おしく映ったでしょう)、積木のように積んでは崩れた恋愛を回想する「積木」(後に再録音してシングル化)、さらに男女愛を語ると必ず辿りつく世界を歌う雄大なタイトル曲(昨今のマニュアル通りばかりの流行歌手には絶対歌えないだろう)など、フォーク&ニューミュージックを彩る名盤だが、青木望氏の多才なアレンジワークなくして今作は生まれなかっただろう。
彼はこの後にも「海においで」「僕たちの方舟」(共に1977)、子供が生まれた後の静かなハネムーンを描く高石ともや作詞の「八ヶ岳」(1978、ギタリスト高中正義氏編曲のシングルバージョンがお勧め)、日曜朝の某番組で流れていた芙蓉グループのイメージソング(タイトル不明)、小松左京氏作詞の同名映画主題歌「さよならジュピター」(1984)など包容力ある男ならではの名曲が多数あるのだが、悲しいことにデジタル時代以降文化価値観の激変に伴い(1986年の「再会」以降アダルト歌謡へ方針転換したのも災いしてか?)現状では時の流れの中に埋もれた存在となっている。
ラジオのオンエア、東芝EXPRESS時代の旧譜再発等で再評価されることを心から望みます。