あるサイトにこの映画についての座談会形式のレビューが掲載されていて、思わず突っ込みを入れたくなってしまった。女の子を何度も床に転ばす場面が出てくるが、あれが虐待だというのである。正直情けなくなった。あの場面を理解できなければ、この映画の本質はまるで理解できないということになる。トルナトーレ監督に同情した。こんな観客ばかりでないことをここのレビューを読んでほっとした。あの場面は、この映画の肝の部分である。あの子は反射神経と自己防衛力が低いのだ。だから一見虐待に見えるけれどもああして鍛えないと防衛能力が身に付かないのだ。自分のことは自分で守る。つらい現実を生き抜いていくには自分が強くならなくてはならない。それを自分の壮絶な体験を得た上で教え込もうとしているのだ。実の娘だと思っているからこそあの行為ができるのだ。これほどの愛情表現がどこにあるだろう。だからあのラストにつながるのだ。たとえ違っていたとしても自分を本当に愛していてくれた人の真の愛情を受け止めたからこそあの子は迎えに来たのだ。惜しむらくは最後、望遠で撮っているのだが、すぐに誰が来たのか観客全員に簡単にわかってしまうこと。ここにちょっとしたサスペンスがほしかったんだけどなぁ。ここだけ予定調和だったのが残念。
イチゴの描写は見事ですね。この映画で最も美しいシーン。さすがトルナトーレ。
近年の客の多くが映像で語られている事を理解できないのは、何とも悲しい現実だな。