本書の大きな主張は三点に絞れるだろう。教育の影響の大きさの評価、「遺伝論者」批判。そして人種間の知能の遺伝的差異について。
前2者はやや誇張された論争になっている。著者は知能が遺伝の影響を受けていないとは主張していない。にもかかわらず、繰り返しの「遺伝論者」批判は、「どちらも重要だ」に進みつつあった生まれか育ちかの論争を再び単純な二分法に引き戻すのではないかと懸念を持たざるを得ない。
たとえば著者の遺伝率という語の使い方はらわしい。教育が均等な社会ほど遺伝率は高く計測されるのは双生児研究の常識である。したがって、遺伝率は社会の教育均等がどれだけ達成されているかをはかる指針とはなっても、遺伝と環境のどちらが重要かを教えてくれる値ではないのだ。だが著者の表現ではその点はほとんど伝わらないだろう(この批判は部分的には「遺伝論者」にも当てはまる。だが”遺伝の影響が環境の影響よりも大きい”と主張するために遺伝率を用いる「遺伝論者」はほとんどいないのではないかというのが私の印象だ)。
人種間の知能の遺伝的差異については特に異論はないが、個人的には強く「無い」と主張するよりも、そもそもそれは個人の問題であって、集団の肌の色と知能の相関を算定することはナンセンスだと主張する方が良いのではないかと思う。まあアメリカには無視できない事情があるのかもしれない。知能の問題には触れていないが、双生児研究については『
遺伝子は行動をいかに語るか』が良書であり、本書と併読することでバランスがとれるのではないかと思う。